2015年3月6日金曜日

小田原城、第6次 御用米曲輪 最後の現地説明会(だい6じごようまいくるわげん ちせつめいかい:神奈川)

神奈川県小田原市城内900番3外
朝早くに出て、久野幻庵屋敷に廻るつもりでいました。

ところが、
昨晩からの•••
中止かどうか?様子見し、開催のようなのでやっと出掛けてみれば、今度は電車事故伊勢原駅にて足留め!
2度も出端を挫かれてしまいました〜


なんとか最終14:00のの説明会直前に御用米曲輪に到着!
さて、
今回の大きいところでは、モザイク石敷き遺構の続きが出てきたのと、江戸初期地震 寛永10年(1633)の地割れの痕跡が出てきました。
モザイク切石敷遺構戦国末期北条氏自身によって埋められ、盛土の上に新たに礎石建物が建築されたようです。
ですから、豊臣秀吉をはじめ西国大名も見たこともなかった遺構420年経って我々がみているとのコトです!
次に、寛永地震とおもわれる地割れ痕も興味深く、それによって地層の年代がハッキリし、素人でも戦国以前と地震以降(1633~)の地表がハッキリ判断できるようになっていました。
何度か通った御用米曲輪発掘調査説明会第6次となり、6年続いた発掘作業は終了で、大規模な説明会は今回で最後となります。
今回は、箱根丹沢方面もうっすら白くなっており、地面はヌタヌタドロドロで冷え込んでいました。 しかし、先週の津久井城まつりは雨で中止でしたから見られただけ良しとします!
尚、遺跡保護のためすぐにでも埋め戻され、戦国時代エリア江戸時代エリアの2ブロックに分かれた史跡公園として生まれ変わるとのコトです。

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