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2023年6月14日水曜日

深沢城攻め本陣、信玄塚(しんげんづか:静岡)

静岡県御殿場市深沢441
信玄塚

場所は深沢城の先端川の合流点から東へ直線200mにある古墳のような小山です。
信玄塚前から深沢城方面

MAP上で信玄塚の表記を見付けたときは武田信玄後北条氏の深沢城攻めの際の武田方戦没者の塚かと勘違いしていたが信玄城攻めの本陣を置いた所とされているとのコトです。
富士山🗻が最高

深沢駿河小山辺りはどこからでも富士山の眺めが良いです。


以前に深沢城のBlogを上げていたと思い込んでいたら まだアップして無かったので今度編集します💦

JR御殿場線「御殿場」駅下車,北東へ4km。
駐車場:なし、信玄塚の前のスペースに駐車。
トイレ:なし

近くには、西に深沢城、東北東に高畑城。東に足柄城がある。

2023年6月6日火曜日

長久保城(ながくぼじょう:静岡)

静岡県駿東郡長泉町下長窪1074(城山神社のところ)
主郭があったWell-D

西に桃沢川南に黄瀬川
城址石碑のすぐ東に小河川、更に東側にも梅ノ木沢川
流れており天然堀に囲まれた要害であったと推察します。
城址碑

城址碑Well-Dから前の「城山交差点を渡ったところに存在します。
長久保城址碑文

鎌倉時代初期に竹の下氏が砦を築き、戦国時代に城は今川・後北条・武田・中村・徳川と、点々としたようです。 碑文には豊臣秀吉による山中城攻略の前線基地となったと刻まれています。
城址碑からすぐ東側の川

この100mほど東(外側)に梅ノ木沢川が流れています。
城山神社とWell-Dの間の道路から

おそらく索道のため神社側は削られています。
この先、246号線を越え小学校側にも行ってみました、その反対側は土塁とのコトです。
上の写真の道路を上る

神社公園の北側は国道246号線バイパス建設で削られているようです。堀も246号線開削で消えた模様です。
同じ所から神社反対側

商業施設Well-D本郭を崩してその跡に建っているようです。
城山神社公園P

右手に公園🅿️
この坂を上ると城山神社の一段上のがあり遊具施設があります。
公園に入りました

が鎮座するは1段低く、コチラとは土塁で隔てられています。

早速、土塁状の遊歩道を歩いてみる

発掘で、城山神社のところは階段状の郭と確認されています。
城山神社脇の土塁

公園上部から城山神社にかけて土塁が降りています。
神社先端から南側を見る

前方には僅かな平地、その向こうに黄瀬川が流れています。

遺構が絶望的と思い寄らずに 幾度となく246号線で走り抜けていた長久保城なので今回が初登城です。
開発されてはいますが思いの外 周辺に城址の雰囲気が残っていて当時の状況を妄想するコトができました。


ココから1.2km南西に山中城攻めで闘死した一柳直盛公首塚がありますが後から気付いたので寄れませんでした。

JR御殿場線「長泉なめり」駅下車、西へ徒歩12分
駐車場:城山神社公園🅿️へ。自分はWell-Dで買物して駐車
トイレ:神社の公園にあり

東に徳倉城。北西に南一色城天神川古城。北北東に大畑城千福城。南に泉頭城戸倉城、がある。

2023年5月21日日曜日

岩崎氏館 と 源頼朝義経対面石(いわさきしやかた、みなもとのよりともよしつねたいめんいし:静岡)

◆岩崎氏館
静岡県駿東郡清水町八幡72
①アプレシオ駐車場から北西方向

カラオケネットカフェアプレシオの中心のようです。

八幡神社の方から入ったので正面の県道側写真はありません!
②アプレシオ裏の橋から西側

西側は暗渠になっている。

勝手に跡と思っていますが、この溝は単なる用水路かもしれません。
③アプレシオ裏口の橋から東側

コチラ 東側は細い流があります。
④秀源寺裏の水路東側

館側は微高地になっており、南側は低湿地 或いは田んぼかとおもわれます。
⑤秀源寺裏の水路西側

この水路は曖昧ではあるが湾曲しており堀の雰囲気を醸しております。しかし後世の用水路の可能性も有りそうてす。




駐車場:八幡神社の🅿️を借りました。
トイレ:なし

◆八幡神社(対面八幡神社)
静岡県駿東郡清水町八幡39
⑥神社参道

本殿の横に白幡社があります。
源氏の白幡からきているのでしょう⁉
⑦源頼朝、源義経対面石

参道を進み左奥に源頼朝義経兄弟の対面石があります。
⑧対面石

源頼朝奥州から駆けつけた義経の対面の場であるそうです。
⑨対面石案内板


対面石八幡神社は通り名で、
八幡神社(やはたじんじゃ)が正しいようです。

周辺図

写真掲載番号あり!



駐車場:参拝者用あり
トイレ:未確認



2023年5月10日水曜日

三島市の 谷田城(やたじょう:静岡)

静岡県三島市谷田136付近
谷田城を西側から

矢田城には石碑しか無いですが近くを通ったので寄ってみました。

場所は三島バイパス(国道1号)の「矢田交差点を折れて、すぐ1本目を入ったところに石碑があります。

石碑

刻印史跡谷田堡址となっています。案内板は劣化で解読不能のため写真無し。
近年まで土塁が残っているところが有ったそうです。

城主は、渡辺照雄が守ったとされています。

中心部は坂道を登ったところ

右の登り道は城址の真ん中を貫いているようです。

写真の左方は低地であり、城周囲も低湿地であったかと思います。

西側は大場川が北から南へ流れ低湿地を形成したのかもしれない。川が城の際を洗っていたのかもしれません!?

城址西側田んぼ脇の水路鯉生川と云う堀跡のようです(※未確認)。


谷田城 MAP 石碑のところ
伊豆箱根鉄道三島二日町」駅下車、北東に徒歩9分
駐車場:なし
トイレ:なし

近くには、北西に川原ケ谷城。西南西に泉頭城。南西に戸倉城。南南東に仁田氏館韮山城。東に田中城がある。

2022年5月19日木曜日

函南の 田中城 或は 桑原城(たなかじょう、まるやまじょう:静岡)

◆田中城
静岡県田方郡函南町桑原
田中城遠景

堀越公方の重臣 田中内膳居城とされる。
Wikipediaによると、
興国寺城伊勢盛時堀越公方の後見として鎌倉北条氏を継承(後北条)させたのが田中大善であるそうです。

「←丸山城 250m」案内板(田中城)

かんなみ仏の里美術館前の道路を北東に600mほど進んだ所に「丸山城址250m」の矢印案内左折する。
田中城先端部でクルマは行き止りに!

この先で路駐したが、すぐに農作業車がやって来ました。
畑の入口を避けて止めたので事なきを得ました。

徒歩で細道に入りすぐの所に丸山城(田中城)案内板が立っています。
北側の郭らしき所を見上げる

の取付きを探したが見つからないので北側に廻り、そこから登ろうとしましたが入城拒否感があり止め、田中城案内板まで戻って案内板本文を読むと「民地であるので見学できません」と書かれていました。
よって主郭には到達出来ず、敢え無く撤退しました。
案内板

田中城来光川とその支流に挟まれた小山にある。

来光川の上流には山中城があり、戦国時代田中城山中城の支城とされていて、豊臣秀吉小田原合戦の折には攻撃されたそうです。
山中城と田中城の位置関係

案内板にあるように韮山城ー山中城の連絡に良く、今は目立たない存在ですが繋ぎの城として重要拠点であったかとと思います。
山中城落城残兵小田原方面に撤退したと思っていたが一部の兵は韮山城への合流もありか?とゆう気がしてして来ました。 

*田中城の別称は、函南町桑原字丸山に存在するため桑原城丸山城とも呼ばれる

田中城 MAP(案内板のところ)
JR東海道線「函南」駅下車、北北東へ徒歩32分
駐車場:なし
トイレ:なし


◆かんなみ仏の里美術館
静岡県田方郡函南町桑原89-1
かんなみ仏の里美術館

仏像の写真は撮れなかったので美術館の紹介のみです。
明治廃仏毀釈仏像が散逸することを憂え守っていたが、有志で薬師堂を建て24体の仏像を納めた。
近年その仏像函南町に寄付され仏の里美術館を開館したそうです。
阿弥陀如来、脇侍仏、(実慶作)の解説

石橋山合戦戦死した北条時政の嫡男 北条宗時桑原にあると吾妻鑑に記されているので、時政が息子の供養のため実慶に造らせたと考えられています。

解説文によると仏内のサインの「」の上に「」を上書きして実慶から運慶となっている!? 偽造の事情は分かりませんが興味深いところです。
薬師如来像(平安中期)と12神将像の解説

足利市のお寺大日如来廃仏毀釈で行方不明になり、数年前に特徴の一致する仏像クリスティーズオークションで落札され日本に戻ってきました。 それを思うと仏像を大事に護ってきた地元の方々は素晴らしいですね!


他所にも、
伊豆 修善寺大日如来実慶が携わっと伝わっていて、韮山願成就院運慶作の仏像があり、伊豆ならんだの里 河津平安の仏像展示館にも平安時代の仏像が安置されています。

*2022/5/21修正

JR東海道線「函南」駅下車、北へ徒歩24分
駐車場:あり
トイレ:あり


2022年5月7日土曜日

妖しい熱海城天守(あたみじょう:静岡)

静岡県熱海市熱海1993
MOA美術館の駐車場から

熱海MOA美術館で「大蒔絵展」に行ってきました。

今回はその美術館から眺めた熱海城模擬天守の写真のみです。


MOA美術館の館内から模擬天守

熱海城 模擬天守昭和34年(1959)に鉄筋コンクリート造りで5層9階建て。
完全に観光施設なので模擬天守と云いつつこの場所に城があったとゆう事実はありません。(以前web上でこの辺りに砦があったと記憶してますが事実が分かりません!)


.

2022年1月15日土曜日

悲劇! 伊東の八重姫と侍女たち。 女塚(おんなづか:静岡)

静岡県伊豆の国市浮橋1600-75
2022年大河ドラマ鎌倉殿の13人」が始まり、第1回目に源頼朝伊東八重姫がでてきましたが、その八重姫に関する史跡となります。
頼朝伊豆の流刑地伊東祐親である八重姫との間に男子を生ませました。 それを知った佑親によって頼朝は襲われ、生まれた子供も殺してしまいました。

女塚 案内板

逃げた頼朝北条領に潜伏。 八重姫侍女6人を伴って源頼朝のもとへ走りましたが、既に頼朝北条政子と結ばれており、ショックをうけた姫は入水自殺!
悲願にくれた侍女らは女塚の辺りで殉職しました。地元の方々が彼女らを悼んで建てたのがこの女塚です。
 また、いろいろな話があり、
八重姫は再嫁させた、子供は殺さず逃がしたナド所説あります。

*訪れたのは昨2021年になります。

過去Blog Link:
2020/4/29 伊豆の河津氏館(曽我兄弟の父 河津三郎館)

駐車場:あり
トイレ:駐車場にあり

近くには、北北西に韮山反射炉北条氏邸跡堀越御所跡守山城。北西に蛭ケ小島韮山城山木兼高館跡江川太郎左衛門邸、ナド

2021年3月29日月曜日

御殿場の 地主屋敷 と 旧・岸邸(じぬしやしき、きしてい:静岡)

◼️地主屋敷
静岡県御殿場市東山
今回の地主屋敷武士の城館ではなく、かつて土塁がめぐっていた地主の館とゆうことになります。
よくある長者屋敷と同様なものでしょうか。
屋敷東側から

道路に沿った所が土塁跡のようです。
道路際に土塁と思われる高まりが見られます。
これははじめ道路の開削で出来た土の盛上りとも見えましたが道路がクランク城に通っている形状から(道路が堀跡か?)・土塁に沿った道路と判断しました!?
西側から

全体的にで周辺を歩いても旧状はよくわかりません

場所はとらや工房旧・岸邸の近くですが、短時間で撮影のみであれば神田きくかわ 御殿場店を目指し、その道路を隔てた反対側が地主屋敷です。

稲荷神社
道路際には長右衛門を祀ったと云われる稲荷神社鎮座、帰りにお参りしてまいりました。
稲荷神社の案内板

寛文7年(1667)に江戸 日本橋豪商中村長右衛門正俊領主 稲葉氏(小田原藩)にこの地の開発を願い出て東山新田(深沢新田)を開拓しました。
開発からそれほど時を経ず宝永年(1707)の富士山宝永大噴火によって開拓した新田は火山灰が堆積したと思われるので被災後に復興されていると思えます。どうでしょう??

駐車場:なし (下記参照)
トイレ:なし  〃


◼️とらや工房と東山旧岸邸
静岡県御殿場市東山1082-1
東山岸邸・とらや工房駐車場

駐車場から道路を渡り中へ!
茅葺門

駐車場案内板には茅葺門東山旧岸邸H・Pでは山門と書かれています。

散策しながらとらや工房へ!

とらや工房老舗虎屋の工場です。他に和菓子も出しています。
とらや工房

お汁粉をいただいた後、岸邸に向かいます。
東山旧・岸邸

岸信介 元総理大臣の自邸として吉田五十八の設計で昭和44年(1969)に建てられました。
応接室

ココには外国の要人も招かれたそうです。
 ダイニングでは窓の位置が最高で そこから見える庭園が美しい!
階段

いい階段ですね!
室内から庭

岸邸御殿場市寄贈された後に和菓子の虎屋岸邸指定管理者となっています。
坪庭

東山旧岸邸 入館料¥300(2021/3月現在)

東山旧岸邸。とらや工房Pにある案内

散策コースあり!






駐車場:あり とらや工房、旧・岸邸の利用者用🅿️あり
トイレ:あり 〃

近くには、北に深沢城、信玄塚。北東に足柄城。がある。