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2019年7月5日金曜日

江戸東京博物館 企画展「発掘された日本列島!」(えどとうきょうはくぶつかん:東京)

東京都江戸川区横綱1-4-1
江戸東京博物館

刀剣博物館からすぐの江戸東京博物館に!
企画展発掘された日本列島 新発見考古速報(2019/7/21迄)」を観るため廻ってきました。
企画展「発掘された日本列島」入口

正面には埴輪が並んでいます。




●新発見考古速報
国内の12遺跡の発掘速報です。中には行ったコトがある遺跡もあり興味深く見させていただきました。
青谷横木遺跡 女子群像(鳥取県)

高松塚古墳のような万葉美女が描かれている板絵
岩櫃城址(群馬県)

鉄滓鎧の小札がでており鋳物師ナド職人さんが住んでいたようです。
岩櫃城赤色立体地図

赤色立体地図城下の様子が分かり易い!




他にも石器土偶埴輪和歌を墨書きしたカワラケ 等の展示がありますが城郭寄りのモノをアップしました。




●特集1 福島の復旧・復興と埋蔵文化財(全7遺跡)
小浜代遺跡

岩城郡衙跡とされる所で、寺院も建っていたようです。
ココは東日本大震災のすこし前に訪れました。その時は埋め戻されていて案内板のみでした。
遺物奈良時代の瓦ナド。

この遺跡尾根先端神社のところは小浜館とゆう城館で、堀切があります。

*過去Blog2010/4/29 小浜館



●特集2 「記念物100年」展
天然記念物ナドの展示
水城 鬼瓦

飛鳥時代水城ですが、
初期の瓦かな? いつの瓦か気になります!?
他にはパネル展示カモシカトキ剥製ナド

*過去Blog2013/12/27 古代の長城?水城







●地域展「道灌が見た南武蔵」
太田道灌像

座像北区にある清勝寺蔵の太田道灌像の写し。
中野城山(中野区)

以前に中野城山を一周したが住宅街で何も無いため雰囲気を掴めるのは道の湾曲でのみ。
周囲は障子堀で囲われていたようです。
中野城山 出土物


*過去Blog2010/9/26 中野城山

中曽根城(足立区)

コチラも中曽根神社城址碑があるのみで地上に遺構はありません。
発掘ではが検出されています。

中曽根城 出土物


*過去Blog2016/4/11  足立区の中曽根城

田中・寺前遺跡(世田谷区)

小田急線高架工事による発掘で発見された。
刀の切羽陶器片出土しており、中世末期城館跡と思われています。
現在、城館であるか調査中

田中・寺前遺跡 出土物

出土瀬戸焼が多いようです。
東京湾の現在・過去



*館内は商業利用でなければ写真撮影OK!(フラッシュは×)

また、
横浜歴史博物館でも「"道灌以後"の戦国争乱」を開催中!2019/7/31迄



江戸東京博物館 地図
JR 総武線「両国」駅下車、徒歩
駐車場:あり
トイレ:あり









2017年2月9日木曜日

滝の城 第5次現地説明会 (たきのじょう:埼玉)

埼玉県所沢市城357
城公民館で受付後、各自城址へ移動
なぜか甲冑武者先導で!?

2/4開催の滝の城整備事業に伴う第5次発掘調査現地説明会に行ってきました。
10:00の回は申込み多数で2班に分かれての案内です。
写真正面が今回の発掘現場

現地では障子堀の一部が出ており、その中堀と繋がっていたようで、解説では中堀障子堀の可能性がある とのことです。
発掘箇所

外堀とおもわれるラインはほとんど住宅なので掘れないようです。今回発掘トレンチはこの2ヶ所です。
障子堀!

この障子堀平底。 県道に近い所の障子堀(畝堀)は幅広く、V字底深いそうです。
やはり後北条氏の大改修であるようです。


土塁法面

土塁角度60°且つ障子の底から・・
 これでは攻め手は登攀不可能!!
発表会の資料より

赤字が今回発掘されていたところ。

出土の目玉は障子堀ですが、
この他にも本丸二の丸三の丸馬出しもそれぞれ廻り発掘成果解説もありました。

正式見解では無いですが虎口の位置ナドから二の丸三の丸は逆転しているかも?! とも仰ってました。
三の丸、中堀、土塁

私自身、不明確だったところが、発掘による成果と繰り返し訪問によって本来の姿が徐々に見えるようになってきました。
今後の発掘整備が楽しみです。
過去に出土した展示物の一部

扇谷上杉遺跡でよく発見されるウズマキかわらけが多数出土。 その理由から後北条氏以前の滝の城扇谷上杉氏の支配下にあったとみられています。
所沢アンパン♪
所沢名物とやらを帰りに買ってみました。

過去Blog:
2014/5/18 第3回 戦国滝の城まつり
2013/5/1 第2回 戦国滝の城まつり
2013/3/15 滝の城 発掘調査 現地説明会
2012/12/9 滝の城模型 と 零戦来日
2012/4/ 第1回 滝の城まつり
2011/12/11 滝の城 part2 現地説明会
2011/11/20 滝の城

地図は過去Blogを見てください!

2016年1月23日土曜日

小田原城へブラリと!(おだわらじょう:神奈川)

神奈川県小田原市
神奈川県で知合いのJazzTrioライブがあるので、その前に足を伸ばして小田原まで遊びに来ました。


銅門(iPhoneカメラ)

小田原駅→堀端にある蕎麦「田毎」→ういろう屋銅門(櫓門内)→常磐木門(2階スペースで北条五代と武具甲冑展 3/31迄)→八幡山古郭御前曲輪百姓曲輪下にあるカフェ「」でコーヒーブレイク→百姓曲輪小田原駅。 只今、ライブ会場へ移動中 といった具合てす。

*1/24追加編集
銅門内部

H9年木造再建、丁寧に造ってあります。
常盤木門と天守

訪城した当日ぶらタモリは偶然「小田原」の回でした、先ほど録画を見たら小田原 後北条氏の政治・技術文化が他所に影響を及ぼしていることをタモリ氏も納得していたようでとしては嬉しい限りです。
常盤木門に甲冑武者と姫様がおわしました!

コチラは昭和46年(1971)製、これから常盤木門の中へと向かいます。
この多聞櫓から常盤木門2階へ上がる

天守が耐震工事のため、ココで公開しているようです!?
 入館無料!
常盤木門会場に入ると!

早雲公と記念撮影ができるコーナー
展示の一部

刀剣、甲冑ナドが展示されています。
本丸在住のサルは寒さで身を寄せあう(iPhoneカメラ)

この日、箱根小田原でもの予報!
結局、降らなかったけど凍えました~

丸から伊豆大島を望む

当時の北条家は伊豆諸島もおさえていました。
当然、北条氏は水軍も抱えています。
百姓曲輪下の畝堀跡

昨年秋に見た畝堀は埋め戻されています、できれば破壊しないように巧く建物なり塀なりを造っていただきたい!
*参考画像 同じ畝堀の発掘(昨年秋訪問)

今回は、コンパクトデジタルカメラが故障したので、城廻り用にGPS(WG-4 GPS)を新調したのでカメラテストも兼ねてます。
なぜGPS付かといえば、
いままでは写真をストックしている間に どの場所を撮影したのか?忘れがちでしたが、これで後から確認がとれるようにナります♪

写真を見ての通り天守は耐震工事2016年4月下旬まで閉鎖です。

過去Blog リンク
2011/11/22 小田原城外郭(惣構え)
2013/12/26 小田原城八幡山古郭の散策路が開放されてます
2014/ 3/12 三の丸外郭新堀土塁
2015/10/25  小田原城、百姓曲輪下から惣構え廻り

Link
 小田原市 小田原城H・P
 カフェ「空」 Blog

2015年10月25日日曜日

小田原城、百姓曲輪下から惣構え廻り(ひゃくしょうくるわ、そうがまえ:神奈川県)

神奈川県小田原市城山2
陸上競技場へ向かう道から振り返る!

百姓曲輪障子堀が出たとゆうので小田原にやって参りました!!
宅地にする前の発掘調査で、見られるかどうかは不明のまま取り敢えず家を出ました。(10/25)
発掘現場① 慈眼寺前から

この道こそが障子堀出現とニュースになったで、であるため堀底まで掘れないようです。
発掘現場① 慈眼寺脇の堀

現状では畝堀にみえます、ココが堀障子になっているのでしょうか? 

実は、登リ口不動産業者と思われる方がいらして、現場写真を撮っていたら私有地ですからと丁重な注意を受けました。
業者の方の営業妨害となりそうなので早々に引き上げ、次へ!
発掘現場② 養林寺側の堀

百姓曲輪から連ならる一方の発掘現場には学芸員の方がいらしたので少々お話しをして応対してくれたので見学OKと自己判断!? 斜面で細長い現場設定なので掘った土は全て上に持ち上げており大変であるとのことで、墓地通路の辺りが堀底であると想定しているそうです。コチラは大きな発見はないです。
現場から御前曲輪に登ってきました

小田原市陸上競技場となっているところ。
御前曲輪 石敷き遺構

競技場の管理棟前、中へ入ることはできません!
毒榎平

どくえだいら」と読みます、 名称由来は不明?
農園販売所でミカン購入!

周辺はミカンの栽培農家が多く、
惣構え、畑の下に障子堀がまだ眠っているところも有そうですね。

そういえば、石垣山一夜城二の丸も以前は全面ミカン畑でした。
荻窪口

百姓曲輪の様子を確認するため惣構えをぐるりと歩きました。
以前よりは小田原城を立体的にみられるようになってきましたが、樹木で覆われているので場所がいま一つピンときませんでした。
 山の神 土塁/堀切

 昭和13年に山の神一帯が国指定史跡となったそうです。
惣構え附近から城内

いつもスルーしていて百姓曲輪自体よく知らないのですが、障子堀発見の誘惑にかられて歩いてみましたが良くわからず!?
機会があればじっくり観察してきます。
現場は私有地であり発掘も小規模なので見学はし辛いかとおもいます。
小田原城天守工事中(2015/10/18現在)

現在天守足場に覆われています!
木造建て替え運動をしていたとおもいますが耐震工事で持たせるようです。

入閣不可!! 工期は2016年4月下旬まで。


*過去Blog
2011/11/22 小田原城外郭 (惣構え)
2013/12/26 小田原城八幡山古郭の散策路が開放されてます
2014/3/12 三の丸外郭新堀土塁

発掘現場 MAP (私道のようなので進入注意!)
JR東海道線小田急線、箱根登山鉄道 「小田原」駅下車、西へ8分

駐車場:なし
トイレ :なし

2014年9月24日水曜日

加納城(かのうじょう:岐阜)

岐阜県岐阜市加納丸之内
大手門跡

岐阜駅前からレンタサイクルで加納城へやって参りました。
JR岐阜駅も城下に含まれるので、町の外れから本丸に登城したかたちになります。
川手城が美濃国守護所であった頃に、近くにある加納城には美濃守護代斎藤氏の沓井城があった。
やがて中心は稲葉山城(岐阜城)に移っていきましたが、関ヶ原合戦の論功として奥平氏が入封。
徳川家康の意向で岐阜城を廃し、その廃材を用いて関ヶ原合戦後としては初の築城となる加納城を築き、城下には加納宿を開きます。
さて、城趾ですが、
岐阜駅前からレンタサイクルでで10分と掛からない距離てす。
街道沿いの本陣跡や旧加納町役場ナドを見物しながら大手門跡まで辿り着き、そのまま南進すれば本丸石垣が正面に見えて来ます。
本丸に出ると久しぶりの石垣をが懐かしい!
本丸石垣と堀跡ですが、ココは橋が架かってなく埋門だけが堀に開いていたそうです。
地図入り案内板は埋門前にあります。

埋門を入らず通り過ぎるとすぐに天守台があります。
二の丸→橋→高麗門→櫓門とゆう枡形構成ですが、
橋の下には障子堀が出土し、櫓門を挟むように2棟の多聞櫓が睨みを効かせていました。

堀はだいぶ宅地になっています。
城主の命には背けません!
大藪曲輪から、堀はテニスコート、プールになっております。
 後世の石積みのようですが城址石垣と同じ石材のようです。
堀は窪みナドなく校庭と面一で、まっ平らとなります。
 これが三の丸塁壁であればココから右側は荒田川となります。
城情報が今ほど豊富では無かった頃は わざわざ立ち寄るほどではないと思っていました。
たまたまクルマで岐阜から尾張一宮方面に南下、
その途上、目の前に突如石垣が現れ、

おお! 加納城はこんなに残っていたのかー!
 と感嘆したものでした。

あれからン十年! 今回で2度目の訪城となったのでした。




ぎふ・まちなかレンタサイクル 1日 ¥100

加納城 地図
JR東海道線「岐阜」駅下車、南南東へ1500m
名鉄「加納」駅下車、南南西へ700m

近くには、南東に川手城。 西南西に上茜部城。 北北東に岐阜城。