岐阜県大垣市郭町2-52
天守と東口門
大坂・京都廻りの帰りに大垣駅で乗換待ちが発生したので、夜遅くですが駅から一旦出て大垣城に来てみました。
ライトアップ終了か?
残念ながら着いた時点で天守は真っ暗!
東口門
同じように電車時間調整とおもわれる方が写真撮影をされてました。
東口門前から艮櫓
艮櫓も暗かったのですがかろうじて写ります。
東口門から駅前通り(県道57号線)
このあと誰も居なくなって怖いので、そそくさと駅に向かうのでありました。
過去Blog Link:
2014/9/17 大垣城 内郭
2014/9/13 大垣城 外郭
城郭ページ! 関東の後北条系の城メインで、 範囲は古代山城から近世城郭まで! その他、遺跡、寺院、伝統芸能、ナドも・・・ *過去Blogは「県名」「石垣」「古墳」ナド ラベルのキーワードで検索してください。
2017年8月31日木曜日
2017年1月20日金曜日
川上別邸史跡公園は 旧金森左京屋敷 だった!(かわかみべっていしせきこうえん:岐阜)
飛騨高山⑧
岐阜県高山市島川原町47
川上別邸史跡公園(金森左京の屋敷)
早朝、向かったのは川上別邸史跡公園
場所は高山城 三の丸堀の東方で江名子川畔です。
左京屋敷時代はこの辺り一帯が屋敷地でした。、別邸時代もそれを踏襲していたのかとおもいます?!
反対側(城側)の道案内
町年寄 川上斉右衛門の別邸ですが、その前身は金森左京の屋敷 (前日訪問の左京屋敷とは違う所)。
故に庭園は金森宗和好みの庭園が残っていると云われております。
ココから史跡公園へ入るのですが・・・
前日からの雪で入園困難!
庭園もみることができません。
案内板
蔵の裏扉には鮮やかな鏝絵が施されているそうです。
ですが、建物も眺めるだけ!
当時も川へ降りる階段があったのだろうか!?
川へ降りられると何かと便利ですね。
絵図から
左の青い塗りつぶしは先日、1/12日のBlogの場所
右側の塗りつぶしは今回の史跡公園(金森左京の屋敷跡)
Blog順が逆になりましたが、このあと陣屋が開館するまで宮川朝市から陣屋前朝市へと廻りりました。
高山陣屋のあと、飛騨古川の増島城に行こうとおもっていましたが雪でタイムオーバー! 飛騨歴史廻りは終了です。
飛騨高山関連の過去Blog :
2017/1/19 飛騨 高山陣屋の蔵は高山城三の丸 からの移築
2017/1/18 飛騨 高山陣屋 の役所、役宅
2017/1/17 飛騨高山まちの博物館
2017/1/16 冬の 高山城
2017/1/12 金森左京邸
2017/1/12 金森長近の松倉城攻略拠点 鮎崎城
2017/1/8 飛騨国 国分寺
2014/12/26 高山城と熊
岐阜県高山市島川原町47
早朝、向かったのは川上別邸史跡公園
場所は高山城 三の丸堀の東方で江名子川畔です。
左京屋敷時代はこの辺り一帯が屋敷地でした。、別邸時代もそれを踏襲していたのかとおもいます?!
反対側(城側)の道案内
町年寄 川上斉右衛門の別邸ですが、その前身は金森左京の屋敷 (前日訪問の左京屋敷とは違う所)。
故に庭園は金森宗和好みの庭園が残っていると云われております。
ココから史跡公園へ入るのですが・・・
前日からの雪で入園困難!
庭園もみることができません。
案内板
蔵の裏扉には鮮やかな鏝絵が施されているそうです。
ですが、建物も眺めるだけ!
当時も川へ降りる階段があったのだろうか!?
川へ降りられると何かと便利ですね。
絵図から
左の青い塗りつぶしは先日、1/12日のBlogの場所
右側の塗りつぶしは今回の史跡公園(金森左京の屋敷跡)
Blog順が逆になりましたが、このあと陣屋が開館するまで宮川朝市から陣屋前朝市へと廻りりました。
高山陣屋のあと、飛騨古川の増島城に行こうとおもっていましたが雪でタイムオーバー! 飛騨歴史廻りは終了です。
飛騨高山関連の過去Blog :
2017/1/19 飛騨 高山陣屋の蔵は高山城三の丸 からの移築
2017/1/18 飛騨 高山陣屋 の役所、役宅
2017/1/17 飛騨高山まちの博物館
2017/1/16 冬の 高山城
2017/1/12 金森左京邸
2017/1/12 金森長近の松倉城攻略拠点 鮎崎城
2017/1/8 飛騨国 国分寺
2014/12/26 高山城と熊
2017年1月19日木曜日
飛騨 高山陣屋の蔵は高山城三の丸から移築 (たかやまじんや:岐阜)
飛騨 高山⑦
岐阜県高山市八軒町1-5
蔵の廻廊部分
この御蔵は1600年前後に高山城三の丸に米倉として建築され、江戸時代になってから陣屋に移築されたもので。
元禄8年現在地に移築されたものである。軸部は慶長年間(1596年から1615年)のものでヒノキを使用している。
火事対策の火伏石
細かいところも工夫されています。
米倉部分
蔵の仕切は2棟で1~12蔵まであり,6,7,8,9番は別棟で建物は残りません。
立体平面図
御蔵の延長線上
6,7,8,9番蔵建物跡は空地になり、雪の下には蔵の礎石が並んでいます。
屋外展示の手斧仕上げの材
屋根用板材や角材をストックしているよう。展示物ですが不測の事態に何時でも対処できますね!
~~~~
陣屋外にある「若き日の山岡鉄舟」像
江戸無血開城のもう一方の功労者である山岡鉄舟、実父(姓は小野)は飛騨郡代なので、多感な時代を高山で過ごしましました。
尚、両親の墓所は市内 宗猷寺にあります。
次は、川上別邸史跡公園(もう一つの金森左京邸跡)
高山陣屋H・P
高山関連の過去Blog:
2017/1/18 飛騨 高山陣屋 の役所、役宅
2017/1/17 飛騨高山まちの博物館
2017/1/16 冬の 高山城
2017/1/12 金森左京邸
2017/1/12 金森長近の松倉城攻略拠点 鮎崎城
2017/1/8 飛騨国 国分寺
2014/12/26 高山城と熊
高山陣屋 地図
JR 高山本線「高山」駅下車、東南東へ500m
駐車場: なし 観光駐車場へ
トイレ :あり
岐阜県高山市八軒町1-5
蔵の廻廊部分
この御蔵は1600年前後に高山城三の丸に米倉として建築され、江戸時代になってから陣屋に移築されたもので。
元禄8年現在地に移築されたものである。軸部は慶長年間(1596年から1615年)のものでヒノキを使用している。
火事対策の火伏石
細かいところも工夫されています。
米倉部分
蔵の仕切は2棟で1~12蔵まであり,6,7,8,9番は別棟で建物は残りません。
立体平面図
御蔵の延長線上
6,7,8,9番蔵建物跡は空地になり、雪の下には蔵の礎石が並んでいます。
屋外展示の手斧仕上げの材
屋根用板材や角材をストックしているよう。展示物ですが不測の事態に何時でも対処できますね!
~~~~
陣屋外にある「若き日の山岡鉄舟」像
江戸無血開城のもう一方の功労者である山岡鉄舟、実父(姓は小野)は飛騨郡代なので、多感な時代を高山で過ごしましました。
尚、両親の墓所は市内 宗猷寺にあります。
次は、川上別邸史跡公園(もう一つの金森左京邸跡)
高山陣屋H・P
高山関連の過去Blog:
2017/1/18 飛騨 高山陣屋 の役所、役宅
2017/1/17 飛騨高山まちの博物館
2017/1/16 冬の 高山城
2017/1/12 金森左京邸
2017/1/12 金森長近の松倉城攻略拠点 鮎崎城
2017/1/8 飛騨国 国分寺
2014/12/26 高山城と熊
高山陣屋 地図
JR 高山本線「高山」駅下車、東南東へ500m
駐車場: なし 観光駐車場へ
トイレ :あり
2017年1月18日水曜日
飛騨 高山陣屋 の役所、役宅(たかやまじんや:岐阜)
飛騨高山⑥
岐阜県高山市八軒町1-5
高山陣屋
高山陣屋は高山城 金森氏の下屋敷跡に建っております。
金森氏の1692年(元禄5)に転封で幕府直轄領となり、郡代・代官が政務と執った所で、御役所、郡代(代官)役宅、御蔵ナドが陣屋となります。
玄関の間
青海波の絵柄がいい感じ!
飛騨代官は1777年(安永6)に飛騨郡代に昇格、国内3ヵ所あった郡代役所の一つです。
御役所は玄関の間隣り
ココに役人が居たようです。
ブレてしまいました~
白洲 1
あまり物々しさはないので、軽い訴訟の裁定をしたのでしょう。
役所中庭
いい構図ではなかったですが、冬以外は見られないので・・
白洲 2
コチラも室内。
拷問台が。ギザギザの台の上に座らせ脚に石を載せるあれ!! ←見てるだけで痛そ~
長い廊下
颯爽と歩きたいところですね。
居間
時代劇で、鉄瓶をかけながら手を温めているシーンを思い浮かべてみる・・・
茶室
流石に宗和流ではないかな⁉︎
庭園
台所の囲炉裏
立派な打ち出の木槌が付いていたので、、
御勝手土蔵
台所の近く。
広間
相当な人数がはいります。
陣屋の立体平面模型
流石、飛騨の匠の地!
現存、復元併せた建物で構成されていながら違和感がない良くできた仕上がりです。
次は、高山陣屋の、御蔵(高山城 三の丸から移した!)です。
高山関連の過去Blog:
2017/1/17 飛騨高山まちの博物館
2017/1/16 冬の 高山城
2017/1/12 金森左京邸
2017/1/12 金森長近の松倉城攻略拠点 鮎崎城
2017/1/8 飛騨国 国分寺
2014/12/26 高山城と熊
国史跡高山陣屋H・P
高山陣屋 地図
JR高山本線「飛騨高山」駅下車、東へ徒歩
駐車場:観光駐車場へ
トイレ :あり
岐阜県高山市八軒町1-5
高山陣屋
高山陣屋は高山城 金森氏の下屋敷跡に建っております。
金森氏の1692年(元禄5)に転封で幕府直轄領となり、郡代・代官が政務と執った所で、御役所、郡代(代官)役宅、御蔵ナドが陣屋となります。
玄関の間
青海波の絵柄がいい感じ!
飛騨代官は1777年(安永6)に飛騨郡代に昇格、国内3ヵ所あった郡代役所の一つです。
御役所は玄関の間隣り
ココに役人が居たようです。
ブレてしまいました~
白洲 1
あまり物々しさはないので、軽い訴訟の裁定をしたのでしょう。
役所中庭
いい構図ではなかったですが、冬以外は見られないので・・
白洲 2
コチラも室内。
拷問台が。ギザギザの台の上に座らせ脚に石を載せるあれ!! ←見てるだけで痛そ~
颯爽と歩きたいところですね。
居間
時代劇で、鉄瓶をかけながら手を温めているシーンを思い浮かべてみる・・・
茶室
流石に宗和流ではないかな⁉︎
庭園
台所の囲炉裏
立派な打ち出の木槌が付いていたので、、
御勝手土蔵
台所の近く。
広間
相当な人数がはいります。
陣屋の立体平面模型
流石、飛騨の匠の地!
現存、復元併せた建物で構成されていながら違和感がない良くできた仕上がりです。
次は、高山陣屋の、御蔵(高山城 三の丸から移した!)です。
高山関連の過去Blog:
2017/1/17 飛騨高山まちの博物館
2017/1/16 冬の 高山城
2017/1/12 金森左京邸
2017/1/12 金森長近の松倉城攻略拠点 鮎崎城
2017/1/8 飛騨国 国分寺
2014/12/26 高山城と熊
国史跡高山陣屋H・P
高山陣屋 地図
JR高山本線「飛騨高山」駅下車、東へ徒歩
駐車場:観光駐車場へ
トイレ :あり
2017年1月17日火曜日
飛騨高山まちの博物館 (ひだたかやままちのはくぶつかん:岐阜)
飛騨高山⑤
岐阜県高山市上一之町上一之町2-7-5
博物館を左に高山城をみる(雪が降る1時間ほど前)
江戸時代の矢嶋家(町年寄)と永田家(豪商)の土蔵を展示室に利用しています。
天守を含む本丸建物群(天守曲輪の様相)の模型を見に来ました。
博物館正面
門の正面に井戸があります。これは矢嶋邸になる前の遺構ですかね?!
天守模型
本丸下段と上段。この手前にも多門櫓が連なっていました。
反対側から
天守上層と下層が高欄付きとなっています。
高山城址模型
登城前に、
破却され 石垣の位置も壊滅的なのでこの状態を頭に入れておかないと!
高山城絵図
更にこの絵図も頼りにして!!
金森長近公所用
他所でみる甲冑と比して大柄です!
長近公といえば僧体の金森法印をイメージしますが、当時としては大きめの体格だったようです。
展示は15テーマあり、文化や飛騨の匠ナドの展示があったのですが容量の都合上これくらいにしておておきます。
坂口門(南にある門)
これは、翌日の降雪の朝。
どこにも撮影禁止表示がなかったのでOKと判断しました。
翌日の高山陣屋も遺物保護のためフラッシュを焚かなければ撮影OKとのことでした。
入場無料なのでぜひ寄ってくださいまし。
飛騨高山まちの博物館H・P
高山関連の過去Blog:
2017/1/16 冬の 高山城
2017/1/12 金森左京邸
2017/1/12 金森長近の松倉城攻略拠点 鮎崎城
2017/1/8 飛騨国 国分寺
2014/12/26 高山城と熊
飛騨高山まちの博物館 地図
岐阜県高山市上一之町上一之町2-7-5
博物館を左に高山城をみる(雪が降る1時間ほど前)
江戸時代の矢嶋家(町年寄)と永田家(豪商)の土蔵を展示室に利用しています。
天守を含む本丸建物群(天守曲輪の様相)の模型を見に来ました。
博物館正面
門の正面に井戸があります。これは矢嶋邸になる前の遺構ですかね?!
天守模型
本丸下段と上段。この手前にも多門櫓が連なっていました。
反対側から
天守上層と下層が高欄付きとなっています。
高山城址模型
登城前に、
破却され 石垣の位置も壊滅的なのでこの状態を頭に入れておかないと!
高山城絵図
更にこの絵図も頼りにして!!
金森長近公所用
他所でみる甲冑と比して大柄です!
長近公といえば僧体の金森法印をイメージしますが、当時としては大きめの体格だったようです。
展示は15テーマあり、文化や飛騨の匠ナドの展示があったのですが容量の都合上これくらいにしておておきます。
坂口門(南にある門)
これは、翌日の降雪の朝。
どこにも撮影禁止表示がなかったのでOKと判断しました。
翌日の高山陣屋も遺物保護のためフラッシュを焚かなければ撮影OKとのことでした。
入場無料なのでぜひ寄ってくださいまし。
飛騨高山まちの博物館H・P
高山関連の過去Blog:
2017/1/16 冬の 高山城
2017/1/12 金森左京邸
2017/1/12 金森長近の松倉城攻略拠点 鮎崎城
2017/1/8 飛騨国 国分寺
2014/12/26 高山城と熊
飛騨高山まちの博物館 地図
2017年1月16日月曜日
冬の 高山城 (たかやまじょう:岐阜)
飛騨高山④
岐阜県高山市
鍛冶橋から高山城
高山には幾度か来ていますが、今まではG.Wかお盆休みでした。今回は雪景色と夜の町屋を撮りたくて真冬の高山にやってきてきました!
三の丸堀手前
右に見える道を直進しても左の護国神社経由でも庭樹院屋形(城山公園)に辿り付きます。
三の丸から堀
手前赤い屋根の建物は、はじめ堀の埋立てかと思いました、古図をみると堀の形は変化無いですね。
庭樹院屋形
以前のG.Wの花見の頃は花見客で賑わってましたが、今は・・・
庭樹院屋形から搦手道すぐの角石
この吐出部は当時の石垣か不明?ですが両脇はどうみても後の石積みのようです。
中段屋形
それほど広くないですが建物は充分建てられます。
石垣残欠
前田家預かり地だった時に幕府の破却命令により徹底的に壊されたため僅かしか残っていません。
東北曲輪
城の中核部に入ってきました。
本丸
一段上に天守・御殿・多聞櫓ナド、手前下の段の外周も多聞櫓が林立していました。
本丸案内板から
個人的には安土城本丸周辺の連結された建築群の雰囲気を連想しました。
南の出丸
小規模ですが安土城の八角平みたいなポジション!
上から号砲平(塩蔵)と中佐平
二の丸へ向かって下ってきたところ。
号砲平(伝塩蔵)に降りる
ココまで来ると雪が本格的に降ってきました~!
二の丸(現・照蓮寺)
やっと降りて来ました。お寺前を進むと庭樹院屋形(公園のところ)に戻ります。
案内板から写真撮影方向
堀は少なく、石垣はほとんどなく、目標物もないので撮影位置の特定が難しい!
翌朝の高山城
はじめ残雪もなく余裕で登っていましたが、本丸に着くころに雪が降り始め夕方には一面真っ白になりました。お蔭で当初の目的通り雪の高山を撮ることができ城廻りと雪の町歩き両方楽しめてヨカッタです。
あと1週間遅れたら大雪で鮎崎城、高山城に登れなかったので、今回はベストパフォーマンスでした!!
次は天守模型がある「飛騨高山まちの博物館」へ!
飛騨高山まちの博物館H・P (天守模型・金森家の甲冑や刀剣ナドあり)
高山関連の過去Blog:
2017/1/12 金森左京邸
2017/1/12 金森長近の松倉城攻略拠点 鮎崎城
2017/1/8 飛騨国 国分寺
2014/12/26 飛騨 高山城と熊
高山城 地図 城山公園(二の丸)
JR高山本線「高山」駅下、
今回は、高速バスにて高山駅の「高山B.C」下車、
*2017/1/16 時間に余裕がないので後で多少の加筆修正します。
岐阜県高山市
高山には幾度か来ていますが、今まではG.Wかお盆休みでした。今回は雪景色と夜の町屋を撮りたくて真冬の高山にやってきてきました!
三の丸堀手前
右に見える道を直進しても左の護国神社経由でも庭樹院屋形(城山公園)に辿り付きます。
手前赤い屋根の建物は、はじめ堀の埋立てかと思いました、古図をみると堀の形は変化無いですね。
以前のG.Wの花見の頃は花見客で賑わってましたが、今は・・・
この吐出部は当時の石垣か不明?ですが両脇はどうみても後の石積みのようです。
中段屋形
それほど広くないですが建物は充分建てられます。
石垣残欠
前田家預かり地だった時に幕府の破却命令により徹底的に壊されたため僅かしか残っていません。
東北曲輪
城の中核部に入ってきました。
本丸
一段上に天守・御殿・多聞櫓ナド、手前下の段の外周も多聞櫓が林立していました。
本丸案内板から
個人的には安土城本丸周辺の連結された建築群の雰囲気を連想しました。
南の出丸
小規模ですが安土城の八角平みたいなポジション!
上から号砲平(塩蔵)と中佐平
二の丸へ向かって下ってきたところ。
号砲平(伝塩蔵)に降りる
ココまで来ると雪が本格的に降ってきました~!
やっと降りて来ました。お寺前を進むと庭樹院屋形(公園のところ)に戻ります。
案内板から写真撮影方向
堀は少なく、石垣はほとんどなく、目標物もないので撮影位置の特定が難しい!
はじめ残雪もなく余裕で登っていましたが、本丸に着くころに雪が降り始め夕方には一面真っ白になりました。お蔭で当初の目的通り雪の高山を撮ることができ城廻りと雪の町歩き両方楽しめてヨカッタです。
あと1週間遅れたら大雪で鮎崎城、高山城に登れなかったので、今回はベストパフォーマンスでした!!
次は天守模型がある「飛騨高山まちの博物館」へ!
飛騨高山まちの博物館H・P (天守模型・金森家の甲冑や刀剣ナドあり)
2017/1/12 金森左京邸
2017/1/12 金森長近の松倉城攻略拠点 鮎崎城
2017/1/8 飛騨国 国分寺
2014/12/26 飛騨 高山城と熊
高山城 地図 城山公園(二の丸)
JR高山本線「高山」駅下、
今回は、高速バスにて高山駅の「高山B.C」下車、
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