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2021年5月13日木曜日

鎌倉の 北条小町邸跡 他(ほうじょうこまちてい:神奈川)

◆北条小町邸跡

神奈川県鎌倉市雪ノ下1-12-7
若宮大路の段葛(ダンカズラ)から鶴岡八幡宮

展示施設はこの写真を撮った所の30mほどの後方にあります。
小町邸の範囲西は八幡宮参道の若宮大路は八幡宮の南の横大路小町大路、これらに囲まれた おおよそ200m四方の空間になります。
段葛の上から展示施設

このM's Ark Kamakuraの一角の1Fの奥に遺跡展示施設侍気分(戦国・侍Goods Shop)があります。
ビル正面の遺跡展示案内

この案内は北条泰時邸跡ですが、はじめ北条義時私邸が造られ、その後に北条得宗家代々の小町邸となっているので北条小町邸ナドでも良いようです。
コチラも案内

行先をを指す距離の短さが愛嬌!
自動ドアから入る

奥に進むと床のガラス張り展示が見えてきます。
床面展示

小町邸の範囲は、西は八幡宮参道の若宮大路は八幡宮の南の横大路小町大路、これらに囲まれた おおよそ200m四方の空間になります。
遺跡展示案内

発掘成果、柱穴ナドと共に⑤の所に若宮大路の道路面も見えます。
1
小町邸周辺

それぞれの位置関係は諸説あり、簡単には特定できないようです。

また赤橋邸若宮大路を挟んで反対側にあったとも北条小町邸の西側(遺構展示施設の辺り)にあったとも思われています。

駐車場:なし
トイレ:有料(¥100)

◆宝戒寺(執権邸跡)

神奈川県鎌倉市小町3-5-22
宝戒寺参道から横大路

横大路の左方が小町邸、右方は政所跡
執権邸石碑

宝戒寺執権邸跡です。これは滅んだ北条高塒を慰霊するために後醍醐天皇の命で足利尊氏が建立

駐車場:なし
トイレ:不明

◆畠山重忠邸跡

神奈川県鎌倉市雪ノ下3-2-9
鶴岡八幡宮の西参道から畠山邸

鶴岡八幡宮西の鳥居の外側に畠山重忠邸跡の碑があります。
畠山重忠邸址の碑

この角からが畠山邸のになるようです。

時代の前後と位置は未確認ですが鎌倉幕府政所もこの辺りに置かれたようです。

駐車場:鶴岡八幡宮参拝者用がある
トイレ:鶴岡八幡宮利用

◆大倉幕府跡

大倉幕府跡

学校周辺が大倉幕府跡。小学校南西の角に石碑が建っています。
大倉幕府 東御門跡

大倉幕府石碑の対角線にあります。

駐車場:なし
トイレ:なし

2018年11月21日水曜日

台湾の 芝山岩、東砲台 (しばやまいわ、ひがしほうだい:台湾)

台湾国台北市士林区雨農
芝山岩

先月になりますが初となる台湾(TAIWAN)へ行って参りました!

MRT士林」駅からバス故宮博物院へ向かい、見学後に西へ1.7kmほど歩いてかつての要塞 芝山岩へ向かいました。
雨農橋

士林」駅から来た場合、雨農路外雙奚に架かる雨農橋を越えます。


橋を渡り信号の向こうが芝山

芝山巌(芝山岩)が正式名称らしいのですが公園の案内図芝山となっています。どっちも正解なのか?
百二崁と南隘門跡

数えてないが120段あるのでしょうか?
この上方に南隘門(城門)がありましたが日本人芝山神社を建設した頃に撤去したようです。
東砲台は階段を登り鋭角に曲がる!

東砲台に向かわず、階段から直進すると芝山岩神社跡と日本人教師が被害に遭った芝山事件六氏先生遭難の碑に行けます。
東砲台(案内板無し)

西砲台と同じく対空砲が設置されていました。
東砲台から士林市街

開発で消えたようですが「士林」駅の方には士林城がありました。
前方の山の麓に蒋介石士林官邸があり観光ができます。その官邸を守るための砲台なのか? 調査不足でわかりません!?
先ほどの階段から直進していくと

芝山岩神社社殿跡に建つ雨農閲覧室六氏先生遭難があります。
六氏先生遭難の碑

脇からの写真。正面の写真が無くてすみません。

芝山事件:明治6年(1895):日本統治下で日本人教師6人と用務員の計7名が抗日運動に巻き込まれ惨殺された事件。

芝山岩築城清朝 道光28年(1848)で、北隘門東隘門南隘門3門は消滅西隘門僅為隘門)跡のみが残存しています。
今回は西隘門西砲台他は時間の都合で行けず残念なのと、砲台の構築年代がイマイチわからずあとで調べてみたいとおもいます。

芝山東砲台 MAP
MRT 淡水信義線「士林」駅下車、北東へ徒歩1.7km
駐車場:あり(有料、至誠停車場)
トイレ:あり


台北 国立故宮博物院 National Palace Musium

入場料はNTD350。ササっと見るつもりでしたが、思っていたより見応えがあり時間が掛かりました
Link:国立故宮博物院H・P

国立故宮博物院 MAP

2018年9月14日金曜日

高嶋城 或は 茶臼山城(たかしまこじょうorちゃうすやまじょう:長野)

長野県諏訪市上諏訪
前回の松本から上諏訪高嶋城(高島古城)へやって参りました。
高嶋城諏訪氏が茶臼山に築きました。
武田氏の統治を経て湖畔に高島城が築かれると廃城になったようです。
2郭の手前下方

馬の瀬状の長い坂道を登るとだんだんと現れます。
ココの手前にも屋敷物見台があっても良いのかとおもいます。
石碑と案内図

ココも城内でしょうけど、中心部ではありません。
案内図

上諏方駅の東に直線500mの丘陵上にあり、茶臼山遺跡もあります。
西(諏訪湖側)はとなっています。
1郭の案内板から児童公園

この辺りから下がっていきます。
1郭

起伏が無いので広い1郭に見えますが造成で均されてしまっているかも!
1郭の案内板

高嶋城茶臼山遺跡の2つの案内。
図ナドは無いので明確な位置がよくわからないです。
1郭から烽火台附近へ移動

不自然にこの石組があるので模擬的烽火台を示したものか??
まぁ、石で囲われたゴミ出置場にも見えるんですが・・・
小学校方面に降りる階段

これからにおりるところ、下方には代官所もあったようです。

高島小学校裏から振返る


ココは開墾による段々とゆうよりは曲輪跡地を利用した段差と考えたいところ。


高島古城 地図
JR 中央本線「上諏訪」駅下車、東へ徒歩18分
駐車場:なし 短時間であれば県営住宅脇に可能
トイレ:なし

近くには、北北東に温泉寺(高島城移築建築)、天神山砦。南西に高島城有賀城。南南西に大熊城。南南東に餓鬼山狼煙台桑原城上原城

2017年4月8日土曜日

「弥生時代の 大塚・歳勝土遺跡」過去blog再構築

2014/8/15付けのBlog「弥生時代の大塚・歳勝土遺跡」はエラーを起こして未完成だったので再構築しました。


さて、
明日4/9(日)は 茅ヶ崎城大塚・歳勝土遺跡から南南東へ直線4km程に小机城があります。そこで小机城址まつりが催されるので行くつもりですが、空模様がハッキリしないので心配です。

過去blogLink:
 2016/6/1 小机城
 2012/8/1 茅ヶ崎城

2014年5月4日日曜日

縄文 三内丸山遺跡(さんないまるやまいせき:青森)

青森県青森市三内305 自遊館のところ
 青森駅周辺で腹ごしらえをし、そこからレンタカーで10分程で自遊館正面の駐車場に到着します。
駐車料金、入場料とも無料と財布にやさしいとこでした。
この時代はあまり詳しくないのですが、
青森県内の亀ヶ岡遺跡の土偶(国宝)に惹かれ、過去にストーンサークル(環状列石)ナドをみたこともあり独特の文化の解明には興味があります。
模型で再現されていない住居ナドもありもう少し規模が広がるかとおもいます。

 模型の後ろは、縄文へいくためのトンネルに続く!

そのトンネルを抜けると、縄文前期中頃-中期 へのトリップとなります。
 再現住居ですが、
わたしがよくみるような竪穴式住居と違い屋根構造がしっかりしているように見えるのは防寒対策からでしょうか?

倉庫か? 高床式として再現されている。



地付きではないはずの栗の木で、直径1mの栗材がとれるほどの大木があったのですね!?
遺跡全体には思っていたよりこじんまりしています。

出土した鏃ナドの黒曜石は北海道から、ヒスイは新潟糸魚川辺りからと、当時としては国際的な都市であったとおもわれます。




この後は高速に乗ってで1区間の浪岡城に向かいます。


縄文自遊館
奥羽本線「青森」駅下車、南西へタクシーorバスで
東北新幹線「新青森」駅下車
駐車場:あり(無料)
トイレ :あり

2014年3月8日土曜日

2014/3/8 小田原城 御用米曲輪、第5次現地説明会

神奈川県小田原市城内900番3外
今回で説明会資料も7まできました。
前回説明会とカブるところもありましたが最後の説明会(第5次)なのでシッカリ見学してきました。

きょうのコース、
小田原港で市場定食を食し→板橋口→2年前に公開された三の丸外郭新堀土塁(小峰の大堀切下方)→報徳二宮神社参拝(小峰曲輪)→銅門→二ノ丸で開催「おひさまマルシェ」で地ビール小田原エールを一杯→現地説明会会場





 最近まで、御用米曲輪には(戦国時代~江戸時代)蔵が立ち並んでいたと思われていました。

 ところが、

戦国時代の層から礎石建物や井戸はゆうに及ばず、石組水路、石組の暗渠を通して池に水を落とす、石積み方形竪穴遺構、切石敷き庭園、石列、井戸、砂利敷き遺構、庭園跡ナド他の同時代の遺跡からは出土しないモノも多数発見されました
そこで、ココには 当主の隠居所、当主の嫡男クラスの館、 あるいは貴賓をもてなす迎賓館ナドいろいろな意見があるようですが、わたしは専門家ではないので、
そちらは研究成果を待つとして・・・

ここで妄想タイム!
この庭園の独特さの北条の宇宙観とでもいいますか、設計施工センスはたいしたもので、
氏綱公、氏康公、氏政公、あるいは幻庵さんあたりか? それ以外の方もモチロン可能性がありますが、
 総合プロデューサーとして、ある意味 織田信長や本阿弥光悦にも似た宇宙(世界)観をもった人間が北条家に居たとゆうところに後北条ファンとしてはココロときめくものがあります。初代 早雲は 大徳寺で禅を修行、その子 幻庵さんは天台宗の三井寺(園城寺)で修行、そういった流れを少しでも受継ぐものか?すごく知りたいところです。 小田原の文化の高さを垣間見ますね~!
もう東夷と呼ばせません!!
護岸ブロックやモザイク柄の切石遺構などとっても手の込んだ作庭なので、
庭好きのわたしは中へ入って多方向から庭や建物(御殿や蔵?)の位置関係を考えてみたくなります ←妄想々々


話はかわり 説明会で、、
前から気になっていた石組の側溝は、建物跡に沿っているそうで、屋根の軒下にあたる部分に雨水用側溝を設置したらしく庭園の水路ではないようです。

さらに、
案内の方が専門家の方に「他にこのような遺構はないのか? ときいてみたら、
 そりゃー 飛鳥池かローマしかないでしょう! 」  と反ってきたそうです。  笑

わたしは 「11/23小田原城 御用米曲輪、後北条氏の庭園調査説明会」のなかで、飛鳥あたりの石敷の苑池や平安期の石の浄土庭園の雰囲気が・・・
 と書いてみたものの 何を大袈裟な!といわれそうだと思っていましたからチョット安心です!


さて、
御用米曲輪で思いもよらぬ遺構が現れてから興奮覚めやらぬモノがありました,何回でもみたいのですが今回で御用米曲輪の発掘調査現地説明会は最後で、これから順次埋め戻し作業に入るのでこれで見納めです。

入口の書籍販売で、天守閣特別展の目録「よみがえる小田原城」と「北条氏年表。黒田基樹氏編」が特別価格だったので二冊仕入れてきました。 





2014/03/11もう少し写真アップします。






*2014/11/8 御用米曲輪 第6次の調査発表会が行われます。

過去Blog
12/21 本日は、小田原城 御用米曲輪 説明会。後北条氏の庭園 2013/12/21
11/23 小田原城 御用米曲輪、後北条氏の庭園 調査説明会 2013/11/23
小田原城 御用米曲輪 本日は開放、見学自由でした 2013/2/16
小田原城 御用米曲輪 第4次発掘調査発表会 2012/9/19