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2021年7月30日金曜日

高知城 2  本丸→鐘突堂 (こうちじょう2:高知)

高知県高知市丸ノ内1-2-1
◆本丸御殿
黒鉄門から御殿と天守

本丸は、二の丸から廊下橋門と、この黒鉄門から搦手方面の2ヵ所の口があります。

本丸縄張図で見るより広く感じました。
玄関→式台→四条間から

入館料(¥420)を払い玄関式台四条の間から黒鉄門を見たところ。
籠と三つ柏の船印

右の船印山内家の家紋であり、土佐藩士だった岩崎弥太郎はこの三つ柏を参考に三菱の社章としたのは有名な話ですね。
欄間 A

シンプルな中に簡単そうで無い組み物がイイですね!
欄間 B

外された欄間には鴨が彫られています。
ニノ間、上段の間

手前はニノ間。奥は鯨海酔公(山内容堂)も座したであろう上段の間
上段の間左方の襖の中は武者隠し
武者隠し

上段の間で事が起こればココから警護者が飛び出すと云われる。
案内板より本丸御殿図

1
天守から御殿を振り返る

御殿と天守の入口は2ヶ所。この東出口から入り西出口から退場する。


◆天守
天守1階

1F高知城の模型が展示されている。
天守築城工事模型

同じく1F築城時の模型
高知城模型 A

こちらは内堀江ノ口川に囲まれた範囲内の高知城模型
高知城1/90模型

こちらは主要部のみ!
天守窓から御殿の屋根

御殿の1
天守の鯱

最上層に1対下層のこの鯱が1対計4基があがっています。
千鳥破風内の小部屋

破風内に小部屋があります(いわゆる武者隠し)。
天守最上階

台風が近づいている影響かわかりませんが一つの扉しか相手いませんでした。
天守最上階階段

ご多分に漏れず急階段のため交互通行!
天守より西側

左方が下屋敷(現・県庁)、中央森が搦手、右方は二の丸

天守より北側

本丸二の丸三の丸
天守より東側

左方が三の丸、その下段が杉の段追手門馬場跡。


◆東多門櫓-廊下門櫓
天守を出て東多門櫓へ!

天守を出て渡り廊下で東多聞櫓から廊下橋多聞櫓に向かいます。
東多門櫓の内部

東多聞櫓内は槍持ち人形だけがおかれていてガランドウです。
東多門櫓と廊下門櫓との接続部分

東多門廊下門の両櫓はこの角度で接続されている。
廊下橋門櫓の内部

捕鯨の模型や藩主の陣羽織、龍馬の着物のレプリカナドが展示されていました。
東多門櫓側から御殿と黒鉄門

この後は黒鉄門から鐘の段へ向かいます。
黒鉄門を振り返る

この後、黒鉄門から本丸を出て鐘突堂→次は梅の段(獅子の段)へと廻ります。



◆鐘の段
本丸南東下の鐘の段

鐘突堂の所は多門櫓跡、その手前に太鼓櫓跡。
鐘撞堂から獅子の段(梅の段)に下る

搦手門方面から獅子の段(梅の段)経由でココに存在したをくぐると鐘撞堂(本丸の下)に出る。
案内を基に作成

.


高知城 地図
駐車場:あり
トイレ:あり

2020年1月18日土曜日

鹿児島の 鶴丸城、御楼門 再建中 (つるまるじょう、ごろうもん:鹿児島)

鹿児島県鹿児島市城山町7-2(黎明館住所)
御楼門復元案内

正月休みを利用して完成間近の御楼門見学者通路に行ってきました。
黎明館前からフェンスに沿って行く

現在 工事中での通り抜けが出来ないので北御門跡が最寄りになります。

見学者通路はは2020/1/21まで!

あと数日で見学通路の公開は終わり。
現場の様子はwebでライブ配信もしています。
御楼門覆屋

正面が見学者通路の入口
見学者通路から冠木

これは檜材
展示パネルと工程のサンプル

見学者通路はこのくらいの広さ。
屋根に使用される瓦

.
屋根の下地の釘止め見本

.
何通りかの組み物見本がある

バラスことができるがこれはシッカリ組まれていて固かった。
御楼門に繋がる塀跡

塀もじきに再建されるでしょう。
*塀跡のホゾ穴は明治以降に彫られたものかもしれません!2020/2/9
天璋院 篤姫像

大河ドラマ天璋院篤姫」の頃に建てられたようです。


再建前の門跡(2009年)

現在御楼門跡は再建のため2020/3月まで通行出来ません。
石垣には弾痕が残っています。

*2020/4/11 御楼門の完成式が行われました!

鶴丸城 御楼門 地図

市電市役所前」駅下車、西北西に5分
駐車場:あり(黎明館P)
トイレ:あり(黎明館利用)


2018年7月24日火曜日

小山評定跡 小山御殿跡 (おやまひょうじょう、おやまごてん:栃木)


小山政光と寒川尼 像

手始めに思川土手近くの小山政光とその妻である寒川尼像から、
政光小山氏初代寒川尼は源頼朝の乳母を務めました。
後方の市役所敷地小山御殿跡小山評定跡であり、諸国古城之図では城山公園から小山御殿を含める一帯が祇園城となっていて、御殿下層から後北条時代の痕跡も出土しています。


◆小山評定跡
栃木県小山市中央町1-1
小山評定跡の石碑

周囲は駐車場となっていて植込みの中に石碑がある。

関ヶ原の戦い西軍挙兵の報を受け、東軍評定をした所と云われ、数多の逸話も有名なので写真だけにしときます!
市役所から西側を見る

落差はこれくらい。思川はもう少しコチラ側を流れていたのではないかと思われる。


小山評定跡 地図


◆小山御殿跡
栃木県小山市中央町1-1
小山御殿広場

ココは部分的に道路で削られていますが、綺麗な芝の公園となっている。
小山御殿広場の案内板

わかり易く解説されている!
案内板のイラスト

二重の土塁防備した御殿で、8代将軍 徳川吉宗の代で取壊されました。
御殿の建物位置表示

普段はイベント広場になっているようで、当日は地酒まつりを行われていました。
案内板から復元図

日光東照宮 参拝のために御殿が建てられたました。

案内板から全体図

小山御殿から城山公園の端まで200mほど。次は祇園城中心部をアップします。



小山御殿 MAP
JR東北本線東北新幹線水戸線小山」駅下車、西北西へ徒歩5分(一本道)