2019年4月25日木曜日

武蔵国 橘樹郡衙 と 影向寺(たちばなぐんが、ようこうじ:神奈川)

神奈川県川崎市高津区千年467-19(橘樹郡衙)
案内板「高津のさんぽみち」から

前々回のBlogは「武蔵国 都筑郡衙」でしたが、
今回は、同じく武蔵国の役所である橘樹郡衙跡、そして白鳳時代創建の古刹 影向寺です。






■橘樹郡衙跡
たちばな古代の丘緑地

「祝・国指定史跡」の横断幕がありますが 橘樹郡衙遺跡群は影向寺遺跡と共に国指定史跡となっていて、これらを総称して橘樹官衙遺跡群といいます。
北東の角から全体

多摩丘陵の標高40~42mの伊勢山台にある武蔵国 橘樹郡の役所の跡。
橘樹郡衙跡石碑

コチラが石碑の表になります(上の写真の反対側)。

案内板


案内板は南側に在るのに北側の入口しかないです。
すぐそこですが・・・
案内板地図拡大

郡衙の遺跡はⅠ期~Ⅲ期までの役所や正倉ナドが一帯に点在しています。
案内板の発掘時の写真

ココに校倉造りの正倉が建っていたのか~!
下記のLink先で発掘状況が少しは解ります。

Link:川崎市教育委員会H・Pの橘木官衙遺跡群 の項



過去Blog:
2019/3/5 武蔵国 都筑郡衙
2019/2/15 寿納城 と 埼玉県立歴史と民族の博物館「埼玉の官衙」

橘木郡衙跡 地図
JR 南武線「武蔵小杉」駅下車、南西に徒歩20分。
駐車場:なし
トイレ:なし




■威徳山 影向寺(稲毛薬師)
橘樹郡衙跡から西へ300m程にある影向寺(ようこうじ)は天平12年(740)に行基によって開かれた古刹。
ココに搭が建っていました

ココでの発掘成果で白鳳時代末期(AC7)の遺構がでており、橘木郡衙の中の古い方のモノと合致するようてす。
搭の心礎

出土場所は知りませんが「无射志国荏原評(むさしこく えばら こおり) 銘文字瓦」が出土しています。
薬師堂

堂内に安置されている薬師三尊像(平安後期)は現在 国宝復活運動をしています。
山門の内側から外

創建の頃、薬師堂の場所に金堂が建っていたので当時の参道のラインはそれほど変わらないとおもいます。
表の方に(門に向かって右)塔の心礎を見ることができます。

正倉と思われる整然と並んだ建物群。白鳳時代のお寺、南方には橘樹神社もある。これらから橘樹郡衙と影向寺との深い結びつきがあった様におもいます。


Link: 威徳山 影向寺H・P

影向寺 地図
JR 南武線 「武蔵小杉」駅下車、南西に徒歩20分。

駐輪場:参拝者用Pあり
トイレ:あり


2019年3月14日木曜日

國學院大學博物館で特別展「神に捧げた刀」(こくがくいんだいがくはくぶつかん:東京)

東京都渋谷区渋谷
國學院大學に隣接する博物館で、
特別展「神に捧げた刀 神と刀の二千年」を開催中。

後北条ファンとしては、北条氏綱公が鎌倉 鶴岡八幡宮に奉納した太刀 相州住綱家作・安國作を見ないわけにはいきません。
刀身の冴えも去ることながら、鞘の装飾もナカナカのものでした。
刀剣と写真を撮ろう!のコーナー

展示は撮影禁止🚫でしたが、ココだけは撮影OKで、SNS向けコーナーとなっていました。

綱家の刀の他には、
・毛抜形太刀(平安時代)
・太刀 銘景安(平安末期)
・薄緑丸(鎌倉時代)
・韴霊大刀 写 (明治の写し)
・太刀 妙純傳持 ソハヤノツルキ ウツスナリ(昭和の写し)
・太刀 各銘 相州住綱家作・康國作 [戦国時代] (北条氏綱奉納) 鶴岡八幡宮蔵
・綱廣作はパネル展示
・古事記
 ナド

そう云えば、綱廣初代の綱の字は北条氏綱から拝領したんでしたっけ!? 鎌倉のお店は今でも正宗から24代 綱廣を名乗っていますよね!

PC不調で写真加工が出来ずにBlogアップが遅れてたお蔭で次の土曜日(2019/3/16)に終わってしまいます。
入館無料。この特別展の図録は¥1,800でした。

Link:国学院大学博物館H・P

国学院大学博物館 地図
JR 山手線、湘南新宿ライン、東急 東横線「渋谷」駅下車、新南口からなら徒歩10分
駐車場:博物館前の交差点から見える位置にコインPあり
トイレ:あり

北西に渋谷城、博物館の北東は薩摩藩下屋敷跡、

2019年3月5日火曜日

武蔵國 都筑郡衙(つづきぐんが:神奈川)

神奈川県横浜市青葉区荏田西2
都筑郡衙跡をコインパーキングから

前回Blogは、さいたま市の特別展「埼玉の官衙」でした、続いて神奈川県ではありますが同じ武蔵国の1郡である都築郡衙です。
長者原遺跡案内板

長者原遺跡の中に都筑郡衙跡がありますが現在は荏田猿田公園となっていて案内板のみでしか確認できません。
ここから正倉ナド建物跡が多数出土

東名高速道路を挟んで200m四方が郡衙跡ですが高速建設を急ぐあまりマトモな発掘をせず破壊されてしまったようです。

ココは古来より交通の要衝のようで、北側の国道246号線の辺りに通っていた道が当時 東海道の役目をしていたようです。 下って、戦国期にその街道をおさえたであろう荏田城(北東に500mのところ)もあります。
横浜市歴史博物館の都筑郡衙の模型

Link:
横浜市歴史博物館H・P 企画展「横浜の野を駆ける  古代東国の馬と牧」開催中 20019/3/21まで

過去BlogLink:
2019/2/15 寿能城と  さいたま市歴史と民族の博物館「埼玉の官衙」

横浜市歴史博物館関連の過去BlogLink:
2018/ 7/6 横浜市歴史博物館で小机城発掘調査展
2014/8/23 蒔田の吉良氏、横浜市歴史博物館
2014/8/15 弥生時代の大塚・歳勝土遺跡

*蛇足で、
国衙(国府)には守、介、掾、目の四等官が居り、その下部組織である郡衙には郡司 他が居る。
武蔵国21郡(近世に葛飾郡を編入して22郡)の内、神奈川県にあった武蔵国の郡衙は都筑郡、橘木郡(郡衙比定地あり)、久良木郡(郡衙推定地のみ)がある。

都筑郡衙 地図 (荏田猿田公園)
東急電鉄 田園都市線「荏田」駅下車、南へ徒歩5分
駐車場:近くにコインPあり ¥300/60min(2019年)
トイレ:あり

近くには、北東に荏田城(私有地)、東南東に茅ヶ崎城、南に川和城、西南西に榎下城、東南に小机城、西北西に沢山城がある。

2019年2月15日金曜日

寿納城 と 埼玉県立歴史と民族の博物館「埼玉の官衙」(じゅのうじょう、れきしとみんぞくのはくぶつかん:埼玉)

■寿納城
埼玉県さいたま市大宮区寿納町2-153-3
寿納公園

ココはかつての見沼に岬状に突出し、3方を沼に囲まれた要害でした。
かつて 広大な沼・湿地が広がっていたようです。
城跡案内板

案内板によると、太田資正の子で潮田出羽守資忠の城でした。
物見台と云われる台の上の潮田出羽の墓碑

公園が城の中心で潮田出羽の墓碑のところが物見台と云われています。
案内板図

緑に塗られた部分が見沼が存在したところのようです。
見沼側(低地)から城

城の東にある埼玉市営大宮球場前の道路と川。今は埋まってしまいましたが撮影者は見沼の中から撮っている感じです。



■特別展 埼玉の官衙(2/17まで)
埼玉県さいたま市大宮区高鼻町4-219
次に、特別展「埼玉の官衙」を観るため埼玉県立歴史と民族の博物館に行きました。
官衙とは律令時代の役所のことで、この展示の場合は郡衙又は郡家にを指し、郡庁・正倉・館・厨家ナドが建ち並びます。

コチラは今週の2019/2/17(日)で終わってしまいます。

また同館では、
3/3まで国宝公開 短刀「銘景光」が催されていて、刀身の表裏に秩父大菩薩、大威徳明王が彫られています。

写真右下に写っているのは銘景光カード(入館券時にいただいた)です。

埼玉県立歴史と民族の博物館H・P
埼玉県立歴史と民族の博物館 地図

 ~~~
今回の寿納城の周辺は埋められましたが、埼玉県立歴史と民族の博物館がある大宮公園の池はちょうど見沼に当たるようです。

寿納城 地図(寿納公園)
東武 野田線「大宮公園」駅下車、東南東へ徒歩10分
or
JR 新幹線、東北本線、高崎線、湘南新宿ライン、川越線「大宮」駅下車、北東に徒歩28分
駐車場:なし
トイレ:なし

近くには、北東に大和田陣屋。東北東に岩槻城。北に伊奈氏陣屋。








2019年1月25日金曜日

江戸城外濠。数寄屋橋門跡~山下門跡~幸門跡

東京都千代田区有楽町、銀座、内幸町 ナド

JR 有楽町駅から新橋駅の間にある数寄屋橋門、山下門、幸門の3門ですが いづれも撤去されており、道路・線路を基準に見て大雑把な位置しか把握していません。
また、山下門-幸門の間の窪地があり、これが堀の痕跡と云われています。

■数寄屋橋門跡
有楽町マリオン前の案内板

写真の晴海通りは堀跡と思われます。
数寄屋橋門 古写真

この古写真は、上の写真の晴海通りを渡った向こう側の数寄屋橋公園辺りかではないでしょうか?

因みに数寄屋橋公園には岡本太郎のモニュメント時計があります。
案内板の地図

有楽町の地名の由来となった織田有楽斎屋敷の辺りです。
線路東側の南町奉行所跡も近いです。

晴海通りを渡り山下門方面へ

湾曲した感じが堀跡っぽい!
首都高速・道路・JR線路も堀跡であろうか??
さらに進む

この先のガード下を右に折れると山下門跡です。





■山下門跡
上記の所からガードをくぐる

コチラから橋を渡り線路の向こうに山下門跡があった。
逆方向の山下門跡から外濠側をみる

かつてこの辺りに門があり、ガード下には土橋や堀があったとかと思います。
山下門 古写真

古写真で見ると、堀の途中まで土橋-木橋-門 とゆう構成ですね。




山下門跡 地図

■堀跡
山下門跡からガード下から戻る!

堀跡と云われる線路沿いに窪んだ土地。
同じく堀跡

一旦、上って、また下っています。

正確には堀跡ではなく、堀跡と云われるところ。







■幸門
第一ホテル 東京前

幸門跡は少し左寄りでした。下調べをしないで撮影してしまいました~
幸門 古写真

この古写真も上の写真の逆方向。
線路の向こう側から第一ホテル側を撮ったもの。


ココから第一ホテル脇の道(かつての堀沿い)を進むと日比谷セントラルビルの移設石垣-文部省・虎ノ門の石垣へとでます。
おそらく第一ホテル自体が堀の上に建っているのではないでしょうか?? ←また調べてみます!


過去BlogLink:
2010/12/31 江戸城 外濠石垣虎ノ門附近


2018年12月31日月曜日

大手町の 丸ビルから 江戸城 の眺望(えどしょう:東京)

東京都千代田区丸の内2-4-1
先日、
親類の祝い事があったので丸ビルに行って参りました!

ちょうど江戸城が見下ろせ、本丸~北の丸、外濠の先の東京ドーム、果ては富士山までクッキリ!!
広範囲に渡り鳥瞰図状態の江戸城を堪能しました♪
レストラン内だったのであまり写真を撮りませんでしたが、遠くの東京スカイツリー、新宿の高層ビル、富士山ナドも眺められるので城好きな方で無くても丸ビルで食事🍴お勧めです。

また、
写真に写っているパレスホテル🏨に自分は行ったことがないので詳細はナドは分かりませんが、ホテルのラウンジからも眺められるようです!

今年のBlog治め!
本年は お世話になりました。
2019年 よいお年をおむかえください!!

丸ビル 地図
JR 「東京」駅下車、丸の内中央口の正面が丸ビル
駐車場:あり(丸ビル、新丸ビル)
トイレ:あり


2018年11月28日水曜日

台北府城 北門 他(きたもん:台湾)

台湾国台北市
■台北府城 北門(承恩門)
台北駅の地下街出口Z9とZ10から西へ徒歩3分程。
台北府城は1.4㎢の敷地。 この北門には清国の正使を迎えた門でした。
北門に着いた!

ココには城壁が付属していましたが日本統治時代に撤去されました
北門の古写真

今と変わらないですね。
北門広場として整備されたのはナント去年(2017/7)!!

北門の扉

鉄の扉、当時のものでしょうか?

ことのほか他の観光で時間が掛かり、予定していた南門ナドは時間の都合でパスしました。
門をくぐる!

この先が台北府城の内側です。
見えている辺りはカメラ屋さんが集中しているところです。チョッとのぞいてみましたが安価では無かったです。

北門 MAP

台北府城の城門:
南門(麗正門)、小南門(重煕門)、改変された東門(景福門)、撤去消滅した西門(宝成門)。
撤去された西門があります。

■中華民国総統府
双十国慶節に合わせプロジェクションマッピングが行われていました。
建物は日本統治時代に造られ総督府が置かれたところです。その後中華民国の総統府が置かれました。
周囲では東京の丸ノ内に有るような古い建物が幾つか見られます。

総統府 MAP



■国立台湾博物館
国立台北博物館

閉館後の博物館ですが、ココから228和平公園の中を歩けます。
228和平公園

国立台北博物館の裏側の方になります。

国立台湾博物館 MAP


■悠遊卡(悠遊カード)
悠遊卡はヨーヨーカーと読むらしい! コンビニや駅の券売機で買え、チャージも出来ます。
MRT(鉄道)、バス(一部使えない路線あり)、コンビニから博物院の入場料支払いナドもでき、日本の鉄道系カードより便利かも!?
自分は空港でMRT乗車時に買いしました。