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2012年11月24日土曜日

彦根城 (ひこねじょう:滋賀)

滋賀県彦根市金亀町1-1 彦根城博物館のところ
 みなさんご存知、
説明するまでもないので細かいことは書きませんが、
東京にに招き猫で有名な豪徳寺があります、井伊家歴代藩主の菩提寺でもありまして彦根には親しみを感じているところであります。



見所は、国宝天守、現存建築ナド多数ありますが、個人的には攻撃的な構造の天秤櫓と登り石垣が最も好きなところです。

彦根城には、確か登り石垣が5ヶ所あり、日本ではココと洲本城、松山城 の3ヶ所にしか残存していない貴重なものです。



 最近、あまり動けないので、過去画像(2009)のアップです。
この頃はパノラマ写真にしようなどと考えていなかったので中途半端で、また写真をシッカリ撮りなおしに行きたいとおもっています。





ひこにゃん公式サイト:ココで、ひこにゃんの出没時刻と場所をチェックしてから訪城するとよいとおもいます。

彦根城お堀めぐり H・P :遊覧船運行状況はココ!
その他、櫓内の公開情報ナドは彦根市の彦根城H・Pで!






彦根城 地図
JR東海道本線・近江鉄道本線「彦根」駅下車 西北西へ佐和口まで11分
駐車場:あり 佐和口多聞裏ナド数ヶ所あり
トイレ :要所にあり

2009年8月29日土曜日

洲本城 (すもとじょう:兵庫)

兵庫県洲本市
大手側 
登り石垣
築城したのは三好氏の重臣 安宅治興で。織田信長に圧迫されると1581年に安宅信康は本拠由良城を羽柴秀吉らに明け渡し、洲本城も開城となった。
1582年、淡路に仙石秀久が入り石垣の城を築きはじめる。ところが久秀は九州攻めで失態を演じ蟄居させられた。
変わって脇坂安治が淡路を治め、水軍の城として拡張し、いまのような形態になったようです。その後、蜂須賀至鎮の家老の稲田氏が洲本城代となりました。


さて、城址ですが
三熊山(133m)を主要部分とし、麓の居館跡は今は庁舎や住宅ですが、淡路文化史料館・検察庁・家庭裁判所の前には堀と石垣が残っています、しかも堀であったと思われるところに足湯がありまして私は迷わず浸かりました。

城郭の本でこの模擬天守の写真を見せられつづけてきたので、私の中では他愛も無い城と位置付けておりました。
ところが! 本丸をはじめ各郭の見応えある石垣、西の丸・武者隠しの広い平場、日月池、登り石垣ありで高得点です。
残念なのは町からでも よく目立つ模擬天守(昭和3年築)、これがまったく色気の無いもので 城址を台無しに・・・
おそらく訪れたことの無い方は城そのもの低評価でしょう!?

南側は車道が通り、大手門跡上馬屋の駐車場のところにとめると、「本丸4分」と案内板がありますが、
現地案内図に載っていない西の丸や麓からの登山道途中にもチョクチョクと石垣&郭(平場)があるので、時間がある方は居館部の裏から徒歩でを登ってみてください。

洲本城 MAP
駐車場、麓(洲本八幡神社など)、山上の馬屋跡