2016年2月7日日曜日

唐津城(からつじょう:佐賀)

佐賀県唐津市東城内8-1
過去画像から唐津城
多忙につきナカナカ 城廻りに行けないので、 2016年2月現在天守石垣修復中ではありますがストックの写真から唐津城をUPします!
下曲輪(駐車場)から天守

駐車場には水手門跡ナドがあります。
正面にみえる一帯が舞鶴城公園となります。
舞鶴公園案内板

案内板二の曲輪井戸本丸井戸表記があったりします。 他にも二の曲輪が有り、石垣で囲われ御殿曲輪の様相の二の丸御殿(現・校舎)、二の丸(現・校庭)ナドがありややこしく、建物名称をwebナドで調べても曖昧で写真があっても説明し難い状況です。
虹の松原方面(西)を望む

三保の松原気比の松原と並ぶ三大松原の一つです! 
櫓門

櫓門としてしか名が分かりません!?
模擬天守

城址は1877年(明治10)に舞鶴公園として整備、1966年(昭和41)標高40m本丸模擬天守が建てられました。
当時は天守はあがっていなかった!とも云われています。
*天守は平成31年度まで石垣修復工事で浮いていますが天守内は観覧可能です。
二曲輪にある井戸

本丸石垣修復工事で新たに発見された寺沢氏以前の古い石垣は、秀吉朝鮮出兵時築城跡とも考えられ歴史的な遺跡資料の可能性もあるとのコトです。
二の丸御殿、二の丸、三の丸方面

石垣の北側(外)は建物が建っていますが当時はであったようです。
二の丸御殿、二の丸の海側石垣

上とは別写真ですが同じ角度から、
中の門堀

が間近なのので、潮の干満の水位が変化するようで私が訪れた時は歩いて渡れのではないかとおもうくらいに浅くなっていました(単に堆積物で浅いのかも??)。
 河川の旧状・現状


因に、この町は徳須恵川松浦川の2本流れを付け替え1本に纏め、城、城下町、水田を開発したことに始まります。この二の丸-三の丸間の中の門堀はその徳須恵川流路でした。
鐘楼(復元)

毎正時武者人形が出てきて太鼓を叩くカラクリ時計となっています!

わたしが訪れた時は、時間が無く駆け足で廻り、備後堀辰巳櫓他の写真を撮ってこなかったのが悔やまれます。


唐津市H・P 唐津城案内ページ
唐津観光協会H・P

唐津城 MAP
JR唐津線「唐津」駅下車、北東へ1.5km 15分。又は、駅からバス利用「唐津城入口」下車。
駐車場:東城内駐車場 194台(市営、有料、城址南側) 
トイレ:要所にあり

近くには、北西に名護屋城とその大名陣屋。 南に岸岳城がある。

2016年1月23日土曜日

小田原城へブラリと!(おだわらじょう:神奈川)

神奈川県小田原市
神奈川県で知合いのJazzTrioライブがあるので、その前に足を伸ばして小田原まで遊びに来ました。


銅門(iPhoneカメラ)

小田原駅→堀端にある蕎麦「田毎」→ういろう屋銅門(櫓門内)→常磐木門(2階スペースで北条五代と武具甲冑展 3/31迄)→八幡山古郭御前曲輪百姓曲輪下にあるカフェ「」でコーヒーブレイク→百姓曲輪小田原駅。 只今、ライブ会場へ移動中 といった具合てす。

*1/24追加編集
銅門内部

H9年木造再建、丁寧に造ってあります。
常盤木門と天守

訪城した当日ぶらタモリは偶然「小田原」の回でした、先ほど録画を見たら小田原 後北条氏の政治・技術文化が他所に影響を及ぼしていることをタモリ氏も納得していたようでとしては嬉しい限りです。
常盤木門に甲冑武者と姫様がおわしました!

コチラは昭和46年(1971)製、これから常盤木門の中へと向かいます。
この多聞櫓から常盤木門2階へ上がる

天守が耐震工事のため、ココで公開しているようです!?
 入館無料!
常盤木門会場に入ると!

早雲公と記念撮影ができるコーナー
展示の一部

刀剣、甲冑ナドが展示されています。
本丸在住のサルは寒さで身を寄せあう(iPhoneカメラ)

この日、箱根小田原でもの予報!
結局、降らなかったけど凍えました~

丸から伊豆大島を望む

当時の北条家は伊豆諸島もおさえていました。
当然、北条氏は水軍も抱えています。
百姓曲輪下の畝堀跡

昨年秋に見た畝堀は埋め戻されています、できれば破壊しないように巧く建物なり塀なりを造っていただきたい!
*参考画像 同じ畝堀の発掘(昨年秋訪問)

今回は、コンパクトデジタルカメラが故障したので、城廻り用にGPS(WG-4 GPS)を新調したのでカメラテストも兼ねてます。
なぜGPS付かといえば、
いままでは写真をストックしている間に どの場所を撮影したのか?忘れがちでしたが、これで後から確認がとれるようにナります♪

写真を見ての通り天守は耐震工事2016年4月下旬まで閉鎖です。

過去Blog リンク
2011/11/22 小田原城外郭(惣構え)
2013/12/26 小田原城八幡山古郭の散策路が開放されてます
2014/ 3/12 三の丸外郭新堀土塁
2015/10/25  小田原城、百姓曲輪下から惣構え廻り

Link
 小田原市 小田原城H・P
 カフェ「空」 Blog

2016年1月4日月曜日

浜離宮恩賜庭園 或は 浜御殿(はまりきゅうおんしていえん:東京)

東京都中央区浜離宮庭園1-1
正月休み最終日は、抹茶ナドいただきながら浜離宮をノンビリと歩いてきました。
 
元は徳川一門屋敷でしたが徳川将軍6代のとき 1654年(承応3)に将軍家浜御殿となりました。
には海水を引き込み、将軍狩場を楽しんだそうです。

取敢えず1枚!
大手(正門)

江戸城内にあるとほぼ同じような石垣が、
立派です!
券売所脇から大手(正門)の外方向を見る

江戸城出城とも云われ門石垣土塁線でその雰囲気が楽しめます。

舟入り

公園地図では内堀となっている。
灯台跡

跡があるだけですが・・・
水門

公園水位潮の干満に合わせて水門で変え景色を楽しむ構造です。
鴨場

をするためのものですがバードウォッチングの囲いのように小窓が付いています。
中島のお茶屋

抹茶お菓子セット¥600也をいただきました!

東京タワーをはじめビル群と共にを愛でながらの一服もわるくないですよ♪
複数個の注文で それぞれソレゾレ違う菓子がでてきました

ココで長く休憩したので、さらに抹茶お代りを頼むと・・・
2杯目に出てきたのは、濃いめ熱いめのお茶! 
石田三成故事のよう!?
これも「」 とゆうやつですね? 悦にいりながら美味しくいただきました。

舟遊びの船着場ですかね~?

には東京湾からが入ってくるそおうです。
四季を通して来たら色々な景色が楽しめるそうですね~
馬場跡

案内板が無ければ馬場とは気がつかないかもしれないです。
オマケ(浜離宮外)

離宮大手から出て首都高速下の駐車場へ降りる階段の向こうに置き去りにされた踏切を発見したので1枚パチリ!
なんでも銀座唯一残る踏切だそうです。

ココから徒歩で築地場外市場にも行けるので電車で来て1日ノンビリ過ごすのもいいかもしれません。
中央市場は豊洲へ移転しますが、場外市場は残り築地魚河岸として存続するそうです

浜離宮恩賜庭園 地図 (大手橋口)

電車・徒歩
 <大手門橋口>
都営地下鉄 大江戸線「築地市場」駅下車 E18出口、「汐留」駅下車 E19出口 7分
ゆりかもめ汐留」下車 徒歩7分
JR東京メトロ 銀座線・都営地下鉄 浅草線「新橋」駅下車 G08・A10出口 徒歩12分

 <中の御門橋口>
都営地下鉄 大江戸線「汐留」駅下車10番出口 徒歩5分
JR浜松町」駅下車 徒歩15分

水上バス発着場
 <浜離宮発着場>
水上バス(日の出桟橋─浅草)
東京水辺ライン(両国・お台場行)「浜離宮発着場」下船

近くには、南南西に旧・芝離宮恩賜庭園(浜松町駅南側)がある。
*2016/1/16改変しました!

2016年1月3日日曜日

謹賀新年

新年1月3日、北の丸から江戸城北桔橋門

きょうは穏やかな1日でした。写真の北桔橋門の中にある天守台の上に天守を再建しようと運動しているようです。 実現できれば嬉しいですね♪

今年も平穏で建設的な1年でありますように!

遅れ馳せながらiPhone6Sに機種変更したのでその画像です。
ここ暫く、春までは忙しいので更新が遅れがちですが、またアップしていきますので宜しくお願いします。

2015年12月16日水曜日

本日の 世田谷城 (せたがやじょう:東京)

東京都世田谷区豪徳寺2-14
本日、夕暮れの世田谷城です!!

最近、城廻りができてないのなか世田谷城で写真を撮ってきました。
後北条氏、吉良氏時代の六斎市から延々と続く「ボロ市(12月15・16日、1月15・16日)」です。その当日なのにすっかり失念しておりました、寄ってくればヨカッター!

東方を見る

区役所方面のには吉良氏所縁の勝国寺があります(国士館大学となり)。

豪徳寺参道脇

建物がビッシリ建っているとわからないですが見通しが良くなるとナカナカによい感じです。


過去Blog
2010/12/10 世田谷城址公園外、住宅地の土塁
20012/12/10 つづき、世田谷城址公園
カメラはiPhone4S使用

2015年11月18日水曜日

町田市にある 成瀬城 (なるせじょう:神奈川)

東京都町田市成瀬3-16-3
①城山公園入口

当日は、あいにくの雨でしたが成瀬城へ行ってきました!
この成瀬城築城年代城主ナド詳細不明で、

②城山公園の成瀬城址碑と案内板

小山田氏の小山田城支城後北条氏、小机城支城とみられているようです。

案内板の地図

案内板解説によると公園南端堀Aとすれば、そこから50m先(南方)にがあっとされ、1郭2郭からなるそうです。 

あまり期待してなかったのですが案内板と照らし合せてみると、様子がなんとなく掴め、宅地化の波において僅かでもよく残ったものだと感心します。また城内では古銭鉄砲玉出土しています。
④恩田川縁りから

に向かって急崖になっていますが道路河川改修により旧状を想像するのは難しくなっています。

⑤公園(城址)西面の竪堀?と虎口跡?

現地に立ってもピンときませんが、道路から法面にかけて堀C公園内では大門(大手門)が確認されているようです。
⑥堀Cの辺り

フェンス内の僅かな窪み痕跡であろうか? 微妙な感じです!?
⑦公園中央から櫓台

北側に張り出した一角は櫓台です。

成瀬城 MAP
JR横浜線「成瀬」駅下車、北へ750m、徒歩9分。
駐車場:なし
トイレ :なし

近くには、北北東に沢山城(三輪城)、鶴川駅近くの香山園も城跡とも云われています。 北西に小山田城。 北北西に小野路城。 東北東に荏田城。 南東に榎下城佐江戸城。 南に深見城がある。

2015年11月10日火曜日

立川氏館又は 立河氏館 (たちかわしやかた:東京)

東京都立川市柴崎町4-20-46
普済寺参道

平氏武蔵七党立河氏の城館です。立川の字が一般的なのでココでは立川氏としておきます。
川岸段丘上にあり、辺りは城館を構える平地が充分にとれています。 現在の普済寺館内建立したの始まりとも云われています。
参道を進む

小田原合戦時にこの拡張防備され合戦後立川氏は領地を失い廃城となったとゆうことですが、所説あり詳らかなことはわかりません。
山門前の文化財案内板

伝・立川宮内省輔首塚orは戦没者首塚も存在します。
国宝の「六面石幢」は、阿行、吽行の仁王像と四天王像が六面に彫られた六角の珍しい石塔。 板碑ナドがあります。
門のうしろ

の左手に土塁が見えてきます、
同じく右手

橋の右側も土塁ラインにを表現しているとうにみえます!?
(未確認)
現存土塁

手前のコンクリートで固められた復元?のようにみえます。
立川氏館 案内板

ココの他に墓地西側にも土塁が残ります。
同じ土塁を外から

こちらの方が跡らしくて良い感じ。
奥の方に土塁が途切れている箇所があり虎口のように見えます、これは後世の切り崩しかは分かりません
南の新奥多摩街道から館跡を見上げる 
の直下には残堀川が流れています。

お堂建設のための発掘では井戸跡門跡柵列。土塁の前からV字溝(薬研堀か?)が見つかっています。

この日は雨降りでしたが晴れたらがよく見えるそうです。

新奥多摩街道で館下は相当数通過していて、あの丘の上だな~ と思いつつも素通りしていたので初訪問でした。 やっぱりいつでも寄れると思っているとダメですね~!?

玄武山 普済寺H/P 文和2年(1353)創建立川宮内少輔宗恒開基国宝六面石幢」を有しています。

過去Blog Link: 2013/6/11 百草城

立川氏館 MAP (山門脇の駐車場のところ)
多摩モノール柴崎体育館」駅下車、西北西に徒歩10分
JR 中央本線、青梅線、南武線「立川」駅下車、南西に徒歩19分

駐車場:あり(参拝者用)
トイレ :あり(参拝者用)

近くには、東南東に三田氏館。 東南に日野館ナドの新撰組の史跡。 南に高幡城。 南南東に百草城