2015年2月19日木曜日

3月は、津久井城まつり、小田原城 御用米曲輪現地発表会(つくいじょうまつり、ごようまいくるわげんちはっぴょうかい:神奈川)

神奈川県相模原市緑区根小屋162 津久井湖城山パークセンター
神奈川県小田原市城内900番3外 御用米曲輪

■2015/3/1(日)「津久井城まつり」10:00~14:00 雨天中止

津久井城 「お屋敷跡(パークセンターから少し登ったところ)」では寸劇あるとおもわれます(*要確認)。
津久井の伝統食「にごみ」の試食販売あり、そして模擬店の出店ナドいろいろ楽しめそうです! ←これらはパークセンターとおもいます!?

パークセンターの下方にある駐車場がイッパイでも、臨時駐車場が用意されているとおもいます。 

県立津久井湖城山公園 H.P (詳細はココで確認してください!)

過去Blog:
2012/6/27 第442回津久井城開城記念 津久井城攻防戦再現
2012/6/10 津久井城

津久井城まつりは雨のため中止となったようです。久しぶりに津久井城に登って寸劇をみようと思っていたので残念です!!

■2015/3/7(土)小田原城御用米曲輪第6次調査による現地発表会。 9:30開場~15:00迄 小雨決行

大きな立岩が見つかった辺りは建物があり、その縁をモザイク切石が小川のように巡らされた形跡が見つかったようです。

はじめ、たぶん水路と思うが、或は遊歩道であろうか?

発掘調査が終了するので御用米曲輪でのの大規模な発掘は本年で最後となるそうです。

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担当の方の発掘状況案内(申込み不要)
1回、10:00
2回、11:00
3回、13:00
4回、14:00

過去の発掘関連

2015年2月15日日曜日

横浜三渓園。紀州別邸 臨春閣 と 二条城の聴秋閣(りんしゅんかく、ちょうしゅうかく:神奈川)

神奈川県横浜市中区本牧三之谷58-1
臨春閣

きょうはバシフィコ横浜で開催中の CP+(カメラショー)にきました!
このCP+横浜市「PhotoYokohama2015」タイアップで、高円宮妃写真展鳥たちの煌めき」が催されCP+会場からシャトルバス三渓園まで参りました。
臨春閣内部

臨春閣:紀州徳川家夏の別邸であり、1649年代(慶安2年)の建築狩野派障壁画で飾られています。
聴秋閣

園内で写真展を見て隣にある臨春閣→その奥の聴秋閣まできています。


内部。 山葵をあしらっています。

聴秋閣 二条城にあったと云われる楼閣徳川将軍家3代 家光と乳母 春日局ゆかりの建物だそうです。
裏からみてもいい楼閣だな!
白雲邸 (写真展はココ)

高円宮妃写真展鳥たちの煌めき」会場

2015年1月31日土曜日

嚶鳴フォーラムin小田原 講演 北条五代、二宮尊徳(おうめいふぉーらむ:神奈川)

神奈川県小田原市本町1-5(市民会館大ホール)
北条五代を講演する伊東潤氏
只今、
小田原市教育委員会主催、嚶鳴フォーラム共催でリレー講演北条五代、作家 伊東潤氏」と「二宮尊徳、作家 童門冬二氏」を聴いて居ります。


●画像1枚目は終了時にスマホであわてて撮ったのでピンボケですが、某城廻りオフでも幾度かお世話になった伊東潤氏の講演で、早雲以来「北条五代」の政治面、民の幸福あっての領主である!
 北条氏が用いた虎の印判にある文字『禄寿應穏』にあるように善政を布いていたゆうコトがメインの内容です。

 *財産寿生命。それらを穏やかにする。 つまり、北条領内では財産生命は保証すると宣言した印判。


二宮尊徳を講じる童門冬二氏
●昭和2年生まれの米寿とおっしゃっていた童門冬二氏の「二宮尊徳」です。
落語がお好きなようで「べらんめ〜」ではありませんが駄洒落も織りまぜながら楽しく拝聴しました。
二宮尊徳金次郎)さんは日本各地で銅像も見受けられ、わたしも尊敬している人物の一人てすが、知らない事蹟も多々あり今回は非常に勉強になりました。

きんじろう くん
小田原駅西口の早雲公像
両講演とも地域の英雄とあって聴講者の皆さんの関心も高く、熱心に聴いて居られまさた。



*嚶鳴協議会: PHP研究所絡みで、先人達の偉業を活かす街づくりを推進する全国の市長ナドのフォーラム。
御用米曲輪の調査現況。
だいぶ埋め戻され、再現されていた戦国時代の法面も平坦になっています(写真出前左側)。
今後の御用米曲輪の再現工事計画策定が気になります。

2014年12月26日金曜日

飛騨 高山城と熊 (たかやまじょうとくま:岐阜)

岐阜県高山市
高山城想像図。
本丸とゆうより天守曲輪の様相、残存石垣はありますが旧状は期待しないでください。











ーー Webニュースから転載 ーー

<クマ>出没で閉園の公園再開 展望台も 岐阜・高山


毎日新聞 
 岐阜県高山市は15日午後から、ツキノワグマの出没で立ち入り禁止にしていた同市城山の城山公園の柵を順次撤去して市民に開放した。同市上岡本町のアルプス展望公園「スカイパーク」も16日朝から再開する。
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すでに熊は冬眠でしょうが、

いまから12~3年ほど前に高山城 二の丸(厳密に駐車場は二の丸でないらしい)にクルマをとめ、二の丸館跡の照蓮寺の横手がら登城しようと登り始めると、
そこに「熊出没注意」の貼り紙をみつけ「こんなところに出るんだ~」と言ったら、下りてきた地元の方が それを聞きつけ 「ココではなくて、裏の山のほうですよ! 用心のために警告しているんです」と仰ってました。
それを聞き安心して登りましたが、今回はもっと近くに出たのでしょうか?

山のオヤジも年々住みにくくなるようで、頻繁に人間のいるところまでよくで出てきます。
開発に追い立てられるせいもあるのでしょうが、昨今の異常気象に寄るところも大きい気がします。

わたしは城址は勿論、渓流に釣りにも行くので心して入るようにします。
皆さんも低山でも気をつけて廻ってくださいませ。


高山城 MAP
JR高山本線高山」駅下車、徒歩40分
駐車場:あり (二の丸、桜見や連休ナドは地元の方でいっぱい)
トイレ:あり 二の丸公園

近くには、西北西に高山陣屋。北西に飛騨国分寺。南西に松倉城。北東に鍋山城。北北西に増島城古川城

*再訪しました冬の高山城 (2017/1/16アップ)

2014年12月23日火曜日

山内家 土佐藩 下屋敷跡 (とさはんしもやしき:東京)

東京都品川区東大井3
今回は、土佐藩抱屋敷浜川台場の近くにある下屋敷です。
安政の大獄で、山内容堂はこの屋敷謹慎しました。
案内板
スマホガメラのLEDカブリぎみてすが重宝しますね!

時代江戸から明治と代わるとこの場所でビール製造がはじまり、これが国産ビール第1号となりました。
案内板図

国道15号線(第一京浜)で削られているようですが、おおよその範囲がわかります。

江戸湾黒船ナド異国の脅威に晒されると坂本龍馬らは沿岸警備部隊はこの藩邸から「立会川」駅前の商店街(当時の道)を抱屋敷台場まで通ったそうです。


土佐藩下屋敷 地図 案内板の所

2014年12月6日土曜日

土佐藩 浜川台場、鮫洲抱え屋敷、龍馬像 (はまかわだいば、かかえやしき、りょうまぞう:東京)

東京都品川区東大井2-1付近 台場石材のところ
土佐藩抱え屋敷(鮫洲屋敷)
京浜急行立会川」駅南よりから江戸湾海岸線にかけて倉庫ナドが建ち並んでいたようです。

 旧・東海街道

東海道の北側の浜川中学を中心に土佐藩下屋敷(拝領)がありますが、そことは別に近所に抱え屋敷(自前の屋敷)の国許との海運に便がよかったのでしょうか、倉庫が建ち並んでいたそうです。
浜川橋
この先にある鈴ヶ森刑場に送られる受刑者の親族が涙を流してお別れをしたのが浜川(涙)橋です。
 ■浜川台場
黒船来航に危機感をもった土佐藩幕府に願い出て、抱え屋敷周辺の海岸線に砲台を築きました。

立会川商店街は、下屋敷浜川台場を結ぶ当時からの道だそうです




坂本龍馬像
江戸で剣術修行中の20才の龍馬は、折しも黒船来航を目の当たりにします。

今回の写真は9月末になります。
学生時代に立会川寄りの大井町に友人が住んでいたので、
この辺りから大井埠頭あたりで遊んでいましたしたが、学生だったこの頃は城郭への興味がうすれていた時期で、今頃になって来ようとは思いもよりませんでした、先のコトはわかりませんね。










龍馬像 地図
浜川台場 地図 
京浜急行立会川」駅下車、東南へ300m 徒歩4分 台場案内板のところ

近くには、品川台場。 御殿山台場。 御殿山城。

2014年12月3日水曜日

小田城の現地説明会にいくべきか? 悩む⁈(おだじょう)

茨城県つくば市小田2377付近

2014/12/6 茨城の小田城の発掘調査による現地説明会を開催。
NHKニュースでも放映したのでご存知の方も多いとおもいます。

戦国期に後北条氏によって拡張されたとおもえる障子堀も出土している模様です。
また、南北朝時代に北畠親房が南朝の正統性を記した「神皇正統記」を執筆したところでもあります。

この年の瀬、忙しい時期なので行けるかは半々です!



現地説明会 地図 南館(みなみだて。小田城本丸の南西)

訂正!バスにゆられながら書いたら「神皇正統記」の字が間違ってました~ 汗



*2014/12/6 なにかと野暮用が多くて本日の小田城行きは断念しました。