2014年11月29日土曜日

勤労感謝の日、秋色の江戸城 (えどじょう:東京)

東京都千代田区
勤労感謝の日にぶらりと江戸城まで行ってきました!

東京メトロ二重橋前」駅より和田倉門跡がある和田倉噴水公園から巽櫓富士見櫓を眺めつつ大手門へ!
被災参考画像
東日本大震災被害がありメクラ板応急処置がなされていた大手門ですが、修復がはじまったようで現在は足場で覆われています。

本丸に上がると、ちょうど冬桜が咲いておりました
冬のサクラは市ヶ谷の外堀土塁上にあります。
これも本丸にて、山茶花?

三の丸尚蔵館天皇陛下海外歴訪の資料の写真や書簡、勲章なナドをみて本丸へ向かいます。 
天守台は3段になっています、その最下段に井戸があります。
本丸に表、中奥、大奥とフルに御殿が建っていたのにココくらいしか井戸をみたことがないですね!?
北桔橋門入城札を返し、北の丸にある東京国立近代美術館奈良原一高氏の写真が出展されてるのでしばし鑑賞。

絵画に不案内なわたしでも知っている岸田劉生黒田清輝小林小径満鉄五郎ほかの作品が同時にみられて¥430はリーズナブルです
北の丸公園田安家庭園を経て武道館に近づくと、、
 なにかイベントがあるらしく人でごったがえしていてました。
後で知りましたは宝塚関連の催しで、どうりで音楽コンサートと違って年齢性別など拘らない多様なファンだったので納得です。

写真にまとまりが無いですが、季節大手門修復開始の報告とゆうことで〆ます。


過去Blog
 2012/3/29 江戸城大手門。しゅうふくなったが・・・
2011/10/4 ああ悲惨! 江戸城大手門

宮内庁 三の丸尚蔵館 天皇陛下傘寿記念特別展:「天皇陛下 昭和28年欧米14か国の旅~新たな感動と出会い~」14/12/23迄

東京国立近代美術館 

駐車場:あり 北の丸公園内
トイレ :多数あり

2014年11月8日土曜日

小田原城 御用米曲輪 第6次現地説明会(ごようまいくるわ げんちせつめいかい:神奈川)

小田原市城内900-3外
今回は、倒れていた大きな庭石と思われる巨石(或は宗教的施設?)が立てられており、新たな1号のモザイク切石の縁石が見つかったとのコトで第6次の現地説明会にやって参りました。
本日は9:30〜15:00まで発掘現場を公開しで、曇のち雨の予報でしたが、1~2回目の説明会の午前は雨も降らずマズマズです。
立て直された石。
前回、倒された状態で発見されたこの巨石の元は石仏だったらしく、削られた表面には仏と文字があり、現地で小耳にはさんだ話では「大日如来」と仰っていましたから上方の梵字はおそらく「あ」ですね!
表面はノミで削られ判読は難しい。

池は前回から保存ため埋め戻されているところもあるので、埋め戻し前と新しく発掘されたところを、出来の悪い頭の中で組んで合成して見て参りました。

滝からの取水遺構(想定)と切石で楕円形に造られた1号池。
現地で滝でがあったのでは? とゆうことでホースで実演していました。滝とは確定していません、念のため!


1号池。
前回は土の下に埋まっていた縁石が今回出てます。
第5次調査を思い出しながら、


池の護岸が新たに10m出土
これで2号池全体の2/3が確認されたとのことです。
掘ればいろいろ出て来そうです。

この様な庭園遺構は全国的にみて例のない遺構とのコトですが、確かにわたしがアツラコチラでみてきた庭園に類似する物はありません。

ココも新しいトレンチ。
切石モザイクの続きが出ています。


湯屋設備でしょうか? 今後の研究に期待!
現地説明会では、奈良の法華寺の蒸風呂式の浴室(光明皇后が困窮民に沐浴をさせたと謂われているアレです)を引き合いに説明をしていただきました。

今回の発掘現場は写っている範囲と、この写真の左側に少々です。
戦国時代の矩面のところは斜面があり、江戸時代に崩して御用米曲輪を整地した とのことです。


この戦国時代の庭園遺構が公開されることが決定しています、埋め戻してその上にレプリカを造るナド案があるそうです。
以前にもかきましたが独特の庭園で、池泉式、回游式といた風情はなく、むしろ飛鳥にある石造物遺構に雰囲気が似ていると個人的に感じており。
 特に、池跡の写真に建物の位置を赤線で示した建物は平城京内裏の東院庭園の建物、或は釣殿のような建築であったかとおもっています。
個人の誇大妄想ですが、今後の発掘調査と復元がどうなるか?楽しみです。

過去Blog
2014/3/8 小田原城 御用米曲輪、第5次現地説明会
2013/12/21 本日は、小田原城 御用米曲輪 説明会。後北条氏の庭園
2013/11/23 小田原城 御用米曲輪、後北条氏の庭園 調査説明会
2013/2/16 小田原城 御用米曲輪 本日は開放、見学自由でした
2012/9/09 小田原城 御用米曲輪 第4次発掘調査発表会

小田原市文化部文化財課史跡整備係 HP


JR、東海道本線・東海道新幹線。小田急線、箱根登山線「小田原」駅下車 徒歩6分

駐車場:あり
トイレ:あり 二の丸が最寄





2014年10月28日火曜日

石垣山 一夜城 (いしがきやまいちやじょう:神奈川)

神奈川県小田原市早川字梅ヶ窪
バス停(駐車場)はこんなかんじです。

小曲輪(東曲輪)が段になっていますが紹介されていないので皆さん素通りしてます。
現地案内図から。
二の丸(厩曲輪)石垣。
井戸曲輪。

二の丸(厩曲輪)の東隅から。
二の丸から本丸への門跡。
本丸碑と天守台。
天守台周辺から瓦片がでています。 中には小田原合戦後の年号のへら書きが入り瓦がみつかっており、いつまで築城が続いていたのか? 或いは拡張なのか? 不明な点があります。
また、完成前に北条氏直が降伏していたのでしょうか??
大手。崩れていますが元は石垣造りです。
大正時代まで櫓台ナド石垣はかなり残存していたようですが、関東大震災の被害で、小田原城と共に崩落してしまったそうです。

その頃の絵なり写真なりが残っていれば、
 と、おもいますがなかなか出てこないですね。
この眺望が好きで石垣山には何度も登城しています。

西曲輪は天守台下になります。
南曲輪。
南曲輪から西曲輪へつながる石垣。
出城。




おもえば、中学1年の担任であった先生から2年進級記念に、みんなで小田原に行こうと誘われ小田原城のほかJR「早川」駅から一夜城へと 徒歩で登ったのが初登城でした。
その頃、小田原城には大勢人がいましたが、一夜城の二の丸は一面ミカン畑で、あまり人もいませんでしたね、いまだに中学生の頃を思い出させる懐かしい場所でもあります。

*2014/11/8(土)に御用米曲輪 第6次発掘調査発表会が開催されます。
また、写真などアップします。

駐車場:無料 50台
トイレ :あり。 駐車場と二の丸

2014年10月19日日曜日

第30回 一夜城まつり (いちやじょうまつり:神奈川)

神奈川県小田原市早川字梅ヶ窪
小田原市長の挨拶後。秀吉=鎧塚さん、淀殿=川島なお美さん と ご夫婦で登場!

きょうはアチラコチラで歴史、時代まつりがあるので何処へ行くか迷いましたが、今回初めて行く石垣山一夜城まつり」に参りました。
豊臣の軍師官兵衛vs北条の軍師幻庵の寸劇。

小田原」駅から箱根登山鉄道で1駅目の「箱根板橋」駅を下車、シャトルバスの列に並んだら、
日頃の行いが悪いのか? あと3人とゆうところで満員!
緒戦敗退の感がありますが気をとり直して次のシャトルで無事に到着。
陣鍋は行列の末、求めることができました。

とりあえず、
陣鍋と生ビールで寸劇を鑑賞。
ギャグも沢山詰まってるのでココは時代考証がどうの といわずカラカラと笑わせていただきました。
野立てブース 確か裏千家
利休もココでたてたであろうお茶をいただきました。
他のお客さんは普通の天目茶碗でしたが、歴史好きバレバレのわたしには馬上杯型茶碗、ぁあ珍しや!
秀吉、家康、官兵衛、
これは俗に云う「関東の連れションベン」の一コマですかね〜!?
秀吉、家康、官兵衛 目線の眺め!

何故? パテシエの鎧塚氏豊臣秀吉の扮装なのかと云えば、
一夜城の駐車場前に 「一夜城 Yoroizuka Farm」があるわけです!

さらに小田原ふるさと大使もされていると云うことで、意外に歴史好きなのかと? 勝手に親近感をもってしまいました。
一夜城Yoroizuka Farm
建物の写真を撮り忘れました~ 汗



一夜城 Yoroiduka Farm HP

過去blog:2014/10/28 石垣山一夜城

箱根登山鉄道箱根板橋」駅、JR早川の各駅からシャトルバス(運航日注意) 10分¥100 。 徒歩の場合はそれぞれの駅から40〜50分
駐車場:無料。一夜城まつりでは臨時駐車場もあり。
トイレ:あり。










2014年10月14日火曜日

乃木神社 第40回 管弦祭 (のぎじんじゃ かんげんさい:東京)

東京都港区赤坂8-11-27
本日、10/14火曜日は乃木神社管弦祭が催されました。
18:00開演ですが仕事帰りに遅れて到着!
立ち見ですが座席よりは良く見えます。

第一部 催馬楽・管弦
 ○催馬楽 「更衣
 ○管弦  「傾盃楽急」 唐の宮廷の宴のために作曲され、同じフレーズを繰返す演奏があり、酒に酔ったところを表現しているそうです。
 ○管弦 「抜頭」 唐の皇后が皇帝の浮気に嫉妬して鬼と化したり、胡人の小が親を食った猛獣を討ち取り狂喜する様を表現しますが、喜怒哀楽を舞に凝縮したモノであるようです。
第二部 舞楽
 ○左方 「桃李花」 いにしえの楽書には3月3日の曲水の宴で奏す。と書いてあるそうです。
 ○右方 「貴得」 匈奴の王が漢に屈しますが、厚遇されたコトを喜ぶ様をあらわす舞。
 *左方の舞:中国から渡来の舞楽。
 *右方の舞:朝鮮半島経由の舞楽。

乃木邸
神社に隣接する乃木邸は、先の震災で被害がでたので耐震工事中とのコトです。
今年9月の乃木夫妻の命日の一般公開はありませんでした。
完成後のH27年の5月以降(9/15.16の命日以外)でも一定期間の公開があるようです。*平成28/6/1から公開が再開された模様、

軍人だけにレンガ造り馬小屋が立派です。









因みに2015年の管弦祭は10/15(金)だそうです。

※2016年の管弦祭は10/13(木)です。

2014年10月7日火曜日

中野の犬屋敷、御囲い(なかのいぬやしき、おかこい:東京)

東京都中野区中野4-8-1(中野区役所)
徳川家、5代将軍 綱吉の生類 憐れみの令で、
江戸市中飼い犬野良犬ナドを集めて保護したのが御囲いであります。
当初は新宿大木戸の辺りに囲いを造ったのですが、20年間も続いた法令ですから、すぐに満杯となり現在の中野区の広大な土地に囲い小屋を造り、一時は10万匹!も居たとのことです。

5代、綱吉が御隠れになり、6代将軍へと代替わりすると囲い撤去となり しばらく放置されます。
さすがに幕府も放っておけなかったのか、後に桃が植えられ桃園になりました。
今でも近くを流れる川は桃園川といい、桃園橋と云うにも名残を感じられます。

幕府はこの桃園で悪くなったイメージを払拭できたのでしょうか??
私は今回のBlogで調べるまで、ココの実態を知らなかったのてすが、、
一の囲い」は中野駅とその周辺。
ニの囲い」中野区役所中野サンプラザとその周辺。
さらに「三の囲い」、「四の囲い」、「五の囲い」迄あり、四の囲いはとなりの高円寺駅の近くまである広大な土地でした。


御囲い 地図
JR中央総武線、東京メトロ東西線「中野」駅下車 徒歩1分で案内板
駐車場:区役所ナド
トイレ :駅前なので困らないかと・・・

近くには、東南東に中野城山。 南東に中野長者屋敷。 北へ行くと江古田 沼袋の合戦場があります。


2014年10月3日金曜日

美濃国守護所 枝広館(えだひろやかた:岐阜)

岐阜県岐阜市長良字城之内1466-10(長良公園)
美濃の守護 土岐氏は川手城福光館枝広館大桑城井ノ口城と転々としました。

土岐頼芸の頃に長良川の氾濫で被害を受けたので、斎藤道三の勧めで長良川対岸である井ノ口稲葉山)へ移ったと云われ、それにより枝広館廃城とされました。
*「頼芸」は「よりのり」と読むようです。
現在の長良公園長良高校の辺りに存在した方形館で、長良公園での発掘調査ではが出土しています、案内板は見当たりません。
なので城跡を証明するものはありません!


このあとは、斎藤藤道三隠居城である鷺山城蝉土手虎口石垣出土した黒野城にも行くつにりでしたがレンタサイクルの返却時刻も迫ったので、無理はせず うかいミュージアムにて乗捨て、
近くの長良川温泉の旅館石金さんの足湯夜行電車で溜っていた疲れを癒し、長良河畔からのんびり鵜飼いを見物して岐阜駅へと向かいました。


長良川うかいミュージアム

枝広館 地図
JR東海道線岐阜」駅下車、
名鉄「新岐阜」駅下車、
 バス:C31おぶさ行き、N40長良医療センター行き、N41おぶさ行きバスで「長良公園前」バス停下車、目の前
駐車場:無料。100台近く。
トイレ :あり。

近くには、西に福光館蝉土手鷺山城。 西北西に黒野城。 南に岐阜城。 南南西には加納城川手城