2013年12月27日金曜日

古代の長城? 水城(みずき:福岡)

福岡県太宰府市国分2-16付近 (東門跡、水城3信号前)
  福岡は、7世紀に築かれた水城、大野城、そして戦国時代の岩屋城にやってまいりました。
取り敢えずの携帯UPです。 追加しました

水城は白村江の戦いで、大和朝廷・百済連合軍は唐・新羅連合軍に破れたため、それら外国からの侵攻を怖れた中大兄皇子(天智天皇)が百済の官吏らの手を借り大野城、基肄城と共に大宰府の防衛のために築きました。
この画像はRAW現像ができない為過去画像です!
大野城、基肄城を含め長城の感がある水城ですが、
わたしが訪れたのは東門跡。
駐車場の辺りに東門の礎石もあり、道路を渡ったところには堀に水を流し込むために土塁内に埋め込まれた木樋が発見されています。
この東門脇から東(大野城方向)に向かって山があり、その尾根が立上がっていく過程に郭状に削平された平場があります。 おそらく大宰府防衛ラインの一環の郭群と思いますが未確認です。
小水城ナド含め長大な水城の一部の訪問ですが他の残存部分はもちろん周辺の、佐賀の基肄城(きいじょう)、更には熊本の鞠智城(きくちじょう)にも興味があるので行く機会があったら報告します。

JR鹿児島本線「水城」駅下車、東門跡まで行かなくても水城駅の南側にも土塁があり。
西鉄 天神大牟田線「下大利」駅下車
駐車場:あり
トイレ :あり

2013年12月26日木曜日

小田原城八幡山古郭の散策路が開放されてます(はちまんやまこかく:神奈川)

神奈川県小田原市3-26-1付近
前回の御用米曲輪の現地説明会の前日から公開されている、「八幡山古郭の散策路」
ココは、学校のグランドの外周が市の管理になり、調査発表会の前日 (2013/12/20)から散策路として公開されています。

以前に参加した総曲輪ツアーのときにグランド奥の土塁は見せていただきましたが、いまは弓道場もなくなり塁壁がよく見えるようになっています。

この後遊歩道を抜け早川口二重土塁を廻り小田原港食堂で食事をして前回ブログの発掘現場へ向かいました。


*2015/11/2 写真追加/編集



八幡山古郭の散策路 地図

駐車場:なし
トイレ :なし

2013年12月21日土曜日

12/21 本日は、小田原城 御用米曲輪 説明会。後北条氏の庭園 (ごようまいくるわ:神奈川)

神奈川県小田原市城内900番3外
説明を追加
回を重ねる度に以外な遺物が出てくるので現地説明会に来るのが楽しみです。
取り敢えず携帯写真をUP(モザイク状切石を共なった穴遺構)
続き、
前日に公開された八幡山古郭の遊歩道(小田原高校周囲)を廻ったので、発掘現場は午後の回に参加です。
さて、
他に類を見ない護岸壁の池が出土したばかりですが、今回は独特の井戸状の遺構がでてきました。
これは切石をモザイク状に並べたもので、水が周囲から水が流れ込むような構造をしてます。
ココから湧水が湧き出て池になっていたとか? はたまた、この近くにある石造り暗渠のようなところから池に落としていたとか? ただいま妄想しまくりです。

いずれにしても、穴の用途は発掘成果に期待しましょう!










*相変わらずJPEG画像しか扱えないため携帯とコンパクトカメラからのアップです。


過去Blog
11/23 小田原城御用米曲輪、後北条氏の庭園 調査説明会
小田原城 御用米曲輪 第4次発掘調査発表会 2012/8/18
小田原城 御用米曲輪 本日は開放 見学自由でした 2013/2/13

2013年11月23日土曜日

11/23 小田原城 御用米曲輪、後北条氏の庭園 調査説明会(ごようまいくるわ:神奈川)


駅前立体通路より

前回の記事が完成していないのに次に行くなと怒られそうですが
、、

相変わらずRAW現像できないので、取り敢えず携帯JPEG画像で!
成型された石の護岸壁が周囲を廻る構造の庭園の池はひじょーに珍しいものです(後北条時代)
わたくしめも想像すらしていなかったので、これは見ねばならん!!

  とゆうことで、
小田原にやって参りました。
2月の説明会より範囲は狭く、その分短時間で終わりましたが、わたくし庭造りにも興味があるので見応え充分でした!
過去Blog(2013/2/13)の中で五輪塔を石材として使用した石敷きの滝として紹介しました
が!
今回発掘範囲が広がり、ナント!

池の周囲を廻る15段の五輪塔石材の護岸壁が明らかになりました。
池のほとんどが石敷きと州浜(砂利敷き)で覆われております、よくある禅寺の庭園にも似ず、以前にも書いた飛鳥あたりの石敷きの苑池や平安期の浄土庭園の雰囲気があります。 <-あくまで個人的妄想・感想!

 復元されたら面白い庭園になるとおもうよころですが、
残念ながら復元案は江戸期の小田原城と決まっていますので調査が終わったら埋め戻されてしまいます。
まぁ地中でそのまま保存されるわけですからそれはそれでいいことです。
横浜「三渓園」の小舟
ところで、
ココで使用された五輪塔石材は加工された新しいものを使っています。

何故なら、
多くの出土したものには風化の跡が無い(エッジ)が立っている)、凡字、銘文ナドが刻まれていないことから新しく加工されて出荷待ちの石材ではないか?

 と聞きおよびました。
 しかし、わたしの中では、
 ストゥーパ = 卒塔婆 = 五重塔 = 五輪塔

 とどれも同列なので・・・

この石は、ちょうど形がいいから五輪塔の一部を使用したわけでもなく、
この石に発展、祈念、鎮護の思いを込めた生きた石材なのではないか??
 と感想を持っています。 ←信憑性ゼロ!!

とここまで色々妄想しましたが、御用米曲輪の御主殿?迎賓館?ナド戦国期の用途、庭園の原型が気になるところであります。



 
次回の現地説明会は、2013/12/21(土)です、次回はココの北側を掘り広げるそうです。
是非この機会に!


以前のBlog
小田原城 御用米曲輪 第4次発掘調査発表会 2012/8/18
小田原城 御用米曲輪 本日は開放 見学自由でした 2013/2/13

2013年11月12日火曜日

更新遅れてすみません。



三増合戦まつりの更新途中で、
RAW現像ができないと書きましたが更に状況は悪くなり、
Windows7は何を考えてるのか? 
モニターの中で「正規版ではありません」とアラートが出てます。
WebはLinux利用でokなのですが、慣れた写真現像ソフトがWin版なので ただいま放置状態となっています。

嗚呼! Mic⚫︎osoftめんどくさー⁉︎
OS Xは無償になったしWinやめてMac復活かな〜〜〜

ちょっとグチりましたが、
復旧までもう少々お待ちください。

写真はオマケ(もう終わってますが、山田寺仏頭展ポスターと国立博物館 池田家の門)

2013年10月6日日曜日

第14回 三増合戦まつり2013 (みませかっせんまつり:神奈川)

神奈川県愛川町三増

三増合戦まつりには何度目かになりますが
今年も思い立って来てしまいました〜!


いま開会したところなので、また後で写真UPします。

-------------
続き・・・
今回は午後からよんどころない用事あったので開会式から昼くらいまで現地にいました。
 到着したときにモーターパラグライダーの飛行練習をしており、派手なパフォーマンスもありか? と思いつつ会場へ!
(後から知りましたがモーターパラグライダーでプレゼントを散布したようです)
   件の陣鍋と焼鳥をいただきながら和太鼓やらを見ながら出陣式を待っていると、、、
軍勢が出陣式に入場してきました。
昨日の敵は今日の友とはよくいったもので、まつりに来ると北条勢、武田勢が仲良く横並びで登場するので、ある種の感動が湧いてきます。

精悍な武者姿が台無し!
モザイク入れ すみません。
寸劇をみたかったのですが、出陣式から行軍退場までみて、しばしノンビリして帰途へつきました。
次の機会はさいごまでしっかり見ます!


ただいまコンピューター不調につき、再インストールや設定ナドに手間取り写真加工などに手が付けられないので更新が遅れがちになっています。
すみません 汗
追記:2014/02/23 順次アップしていきます。
2013/10/8 Raw現像ができないので対応中です、ただいま携帯画像しかUPできないので少々お待ちlください。

過去Blog Link




2013年9月14日土曜日

天王洲の 第4台場 (だいよんだいば:東京)

東京都品川区東品川2丁目3−12
第4台場は天王洲にあり、 陸続きの御殿山下台場(2012/7/12Blog)にもっとも近いのがこの第4台場です。

異国船来襲に備えて計画された7台場の一つで、陸続きの御殿山下台場にもっとも近いのがこの第4台場。
資金難ナドの理由で7分の建設で取り止めになったそうです。

現在は、シーフォート(海の城砦)スクエアとなり、ビルが立ち並び天王洲アイル駅も設けられています、
その周囲の一部にはボートウォークが設置されその下には石材再利用と思われる?石垣が組まれております。
橋のたもとには古そうな石垣がありますが当時の石垣かは不明!

とはいえ、
天王洲アイル/シーフォートスクエアは第4台場と共存するカタチで再開発されているので完全破壊されなかったのでヨカッタです!











りんかい線or東京モノレール 「天王洲アイル」駅下車、徒歩0分
駐車場:あり 第一ホテル等
トイレ :あり

近くには、北に御殿山下台場跡。御殿山城。