福岡県太宰府市国分2-16付近 (東門跡、水城3信号前)
福岡は、7世紀に築かれた水城、大野城、そして戦国時代の岩屋城にやってまいりました。
水城は白村江の戦いで、大和朝廷・百済連合軍は唐・新羅連合軍に破れたため、それら外国からの侵攻を怖れた中大兄皇子(天智天皇)が百済の官吏らの手を借り大野城、基肄城と共に大宰府の防衛のために築きました。
この画像はRAW現像ができない為過去画像です! |
大野城、基肄城を含め長城の感がある水城ですが、
わたしが訪れたのは東門跡。
駐車場の辺りに東門の礎石もあり、道路を渡ったところには堀に水を流し込むために土塁内に埋め込まれた木樋が発見されています。
この東門脇から東(大野城方向)に向かって山があり、その尾根が立上がっていく過程に郭状に削平された平場があります。 おそらく大宰府防衛ラインの一環の郭群と思いますが未確認です。
小水城ナド含め長大な水城の一部の訪問ですが他の残存部分はもちろん周辺の、佐賀の基肄城(きいじょう)、更には熊本の鞠智城(きくちじょう)にも興味があるので行く機会があったら報告します。
JR鹿児島本線「水城」駅下車、東門跡まで行かなくても水城駅の南側にも土塁があり。
西鉄 天神大牟田線「下大利」駅下車
駐車場:あり
トイレ :あり
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