2012年3月29日木曜日

江戸城大手門。修復なったが・・・(えどじょう:東京)

東京都千代田区
 


大手門を眺める。


ん?
なにか変
と、
おもったら 渡櫓正面の窓格子が塗り込められてノッペラボウのようです。 どうゆう理由て窓を潰したねかわかりませんが、色気がないことこの上ないですね 。
1枚目、現在
2枚目、2006年撮影
3枚目、巽櫓近くの石垣の積み直しはもう少しかかりそうです。
4枚目、追加
*比較のため2枚目の以前の写真を追加しました。2012/4/11写真1枚目差し替え
2012/4/20現在の積み直し作業ヶ所



*2012/5/29追記。
* アッチコッチ調べた結果、落札公募のタイトルは 「 大手門渡櫓仮修復工事 」 と仮の文字が付いており、いずれ正式な工事をおこなうようです。 応急処置ですので、コンパネとフレキボードを貼り、吹き付け仕上げを施したようです。
しかる後に漆喰仕上げで窓は復活することでしょう!

このBlogをつけた直後に上記のような内容で書き足したのですが、携帯でアップしたり、PCで修正したりしているうちに、どこかで操作ミスしたらしく文章がちゃんとアップされていなかったようです。
某SNSで同様なトピがあがっており、いま自分で確認したら気がつきました~ お騒がせしました。

2012年3月17日土曜日

荻野 山中陣屋 (やまなかじんや:神奈川)

神奈川県厚木市下荻野260近辺
 小田原藩の支藩の荻野山中藩、大久保氏の陣屋です。
現在は整備され山中陣屋史跡公園となっています。
陣屋は舌状台地上にあり、東と南は低湿地あるいは田圃 と西に流れる荻野川と3方を守られ城の体はしているのですが、、
幕末の動乱期に、手薄で狙いやすかったか? 浪士の襲撃対象となり、あえなく焼け落ちてしまいました。
 おそらく事務方の武士ばかりで侵略には弱かったものと思われます。
 一ヶ月前の2/12の早朝はひじょーに寒く、霜柱バリバリの状況は我慢できたましたが、カメラトラブルで撮影不可! 仕方なく携帯カメラ使用とあいなりました。
 


福伝寺 地図 (裏門移築先)

荻野山中陣屋 地図 (駐車場入口のところ)
小田急線「本厚木」駅下車、北西に5.6km(バスは本数が少なく実用性なし)
駐車場:あり
トイレ :あり

近くには、北西に細野城、田代城、三増峠古戦場。北北西に津久井城。北に小沢城と小沢古城。南西に七沢城

2012年3月15日木曜日

伊木家 武家屋敷門 (いぎけ ぶけやしきもん:東京)

東京都世田谷区岡本1-3 世田谷区指定有形文化財
 

この武家屋敷門は岡山城に存在していたもので、岡山藩筆頭家老 で3万石、伊木家の表門です。
場所は用賀駅と二子玉川駅の中間くらいのところにあり、前回の静嘉堂文庫美術館を出ると5分位で到着します。

なまこ壁の風情があるいい屋敷門なのですが、門の正面が駐車スペースになっていて写真を撮るには厄介だったりします。 多摩川テラスとゆう管理された空間なのでカメラを持ってウロウロしてると不審者になってしまうかも・・・ です!
また、敷地の内外ともにスペースが無いので徒歩かバスが無難です。

*いきけ->いぎけへ訂正
伊木家武家屋敷門 MAP

田園都市線・大井町線「二子玉川」駅下車、北北西に1.6km 21分田園都市線「用賀」駅下車、西北西に1.5km 20分
駐車場:なし
トイレ :なし
近くには、東南に瀬田城。北西に大蔵館。北北西に喜多見氏館。

2012年3月10日土曜日

静嘉堂文庫美術館「サムライたちの美学」(せいかどうぶんこ:東京)

東京都世田谷区岡本2-23-1
きょうは雨なので予定変更して静嘉堂文庫美術館の「サムライたちの美学(2/4-3/25)」へ!!

この美術館は三菱の岩崎家の美術品を収蔵し、このうち妖変天目茶碗ナド国宝は7点を数えます(*展示は、企画にあわせ入れ替えるので同時にはみられません)。 ココは隣接する岡本民家園と併せ東京23区内とは思えないほどの自然が残って(守られて)おり、周囲に湧水もあり周辺の方々の憩いの場となっております。 
今回の企画展はタイトルの通り刀剣や刀装具、印籠、馬の鞍ナドです。中にはサーベルっぽいデザインの明治時代の刀があったりして面白い。 大きな美術館ではないので多くの展示は期待できませんが、その分ユッタリかつジックリと鑑賞できます。
日本刀の刃先の波紋、反りナド刀そのものの美しいさもさることながら、 鞘、鍔、笄、小柄そして目貫に動物、小さい貝殻や穂、龍ナドの精細な細工には感服します。 この職人技があったからこそ現在の技術に続いているのだと、勝手に関心して帰ってまいりました。

蛇足ですが・・・
日本刀の種類:  腰に佩く(吊り下げる)大太刀、太刀。 帯に差す、打刀、脇差、小太刀。 短刀と順に短くなっていきます。
刀に関する諺: 鎬(しのぎ)を削る、鍔ぜりあい、切羽つまる(せっぱ:鍔を上下から挟む部品)、懐刀(ふところがたな)、もとの鞘におさまる、反りが合わない、目貫き通り、伝家の宝刀、諸刃(もろは)の刃、ナドナド。

最後に、3/11の震災から1年経ちます、この技術力が震災の復興に役立っていることを信じてやみません。
そして、みんなで力を結集してガンバリましょう!!

静嘉堂文庫美術館H・P
静嘉堂文庫 地図 (入口の場所。徒歩・クルマ共に ここから登る)
東急、田園都市線・大井町線、「二子玉川」駅下車 北北西へ1.5km 入口まで。
駐車場:あり 入口近くと美術館建物前の2ヶ所。
トイレ :あり
近くには、東に400mで伊木家武家屋敷門。 南東に瀬田城。 北西に大蔵館。 西北西には喜多見氏館。

2012年2月29日水曜日

雪の江戸城 (えどじょう:東京)

東京都千代田区
冨士見櫓
巽櫓
 きょうは、珍しく午後まで雪が降り続いたので、滅多にみられない雪の江戸城富士見櫓をアップしてみます。
大手門。修復が始まりました。




すべて携帯画像

江戸城 地図 撮影はこのあたり。
*大手門の多聞櫓の囲いは取れましたが、2012/3/19現在ココから入城ができない模様。

2012年2月21日火曜日

直江津の港近く、福島城 (ふくしまじょう:新潟)

新潟県上越市港町2-16
 
 
上杉景勝が越後から会津へ転封になると、堀秀治が45万石で春日山城に入城。
しかし山城の不便さと海運管理のためか? 関川河口の直江の津(港)近くに福島城を築きます。

その後堀氏が改易になると、
松平忠輝が75万石で入城、蔵王堂城と同様に川の氾濫に悩ませれ、数年後には高田城に築城移転。
福島城は完成後 たった7年で廃城となりました。

福島城に築かれた石垣は腰巻石垣あったようです。 
現在は何も無いですが、45~75万石の持ち城ですから立派な城であったことは想像に難くないです。
場所は佐渡汽船の直江津埠頭から東南300mほどのところに古城小学校があり、そこに城址碑と石垣の遺物とおもわれる石があります。詳細な場所は分からず城址碑のところが必ずしも本丸とではないようです。

*写真撮影は2009年

福島城 地図
JR上越線「直江津」駅下車 北東へ2.2km 30分
駐車場:なし
トイレ :なし
近くには、南西に御館、更に行くと春日山城。 南に高田城。 南南西に鮫ヶ尾城がある。

長岡城 (ながおかじょう:新潟)

新潟県長岡市城内町2
はじめに。
2009年の写真のため、現在は再開発により二の丸碑周辺は厚生会館も取壊され、だいぶ様子が変わっているようです。
堀直寄は、蔵王堂城が信濃川の氾濫被害に悩まされ、長岡築城に着手するも完成前に移封。
城主は牧野氏に代わり、その後に完成・移転。 正保の絵図をみると、北北西外れの蔵王堂城址に当たる安禅寺は方形に囲まれた状態で描かれており廃城後も出城として機能していたようです。
 北越戦争->廃城->大戦の空襲 で荒廃し遺構は何も残ってなく、長岡駅前に本丸跡碑。今はなき厚生会館前にも長岡城址碑と二の丸跡碑のみがある。
門や堀跡も何もよく分からなくなっているが「大手通り」や「千手」ナドの名が残るのでなんとなく位置関係が分かります。


今の姿からは想像できませんが、大河ドラマの1シーンで官軍に奪われた長岡城を奪還するため、高橋英樹 扮する河合継之助率いる長岡藩兵が銃を掲げて八丁沖の湿地帯を渡っていくシーンが瞼に浮かびます。  シミジミ~


リンク:長岡藩の志士(長岡城ナドの戊辰戦争の史跡を絵図面付きで紹介されています)
長岡城 地図
JR上越本線・上越新幹線「長岡」駅下車 駅前が本丸跡。
駐車場:駅前の有料駐車場へ
トイレ :駅周辺に多数あり

近くには、北に河合継之介記念館、山本五十六記念館、少し離れて山本記念公園に山本五十六の復元生家と胸像あり。 北西には蔵王堂城。 北北東に河合継之介墓所がある栄涼寺。 東の坂之上小学校の伝統館に城址模型あり(要事前連絡)。 南東の悠久山公園に天守のカタチをした長岡資料館あり。 南東に栖吉城。