2014年7月20日日曜日

徒然草 と 長州藩 下屋敷 (ちょうしゅうはんしもやしき:東京)

東京都港区赤坂9-7-9 檜町公園のところ
サントリー美術館で 「 徒然草美術で楽しむ古典文学~ 」を開催しています。
わたくしもBlogタイトルに 「 徒然 」 の名を冠しているいるので行くべし!
とゆうことで鑑賞して参りました!!

徒然草

吉田兼好は後の名で本来は卜部兼好(うらべかねよし)です。吉田神社神職で、後二条天皇近くに仕えますが、30才ほどでで出家し第一線から身をひいてしまったようです。
ただ、
足利尊氏直義ナド武士とも交流があったようで完全な世捨て人になったわけではないようです。
太平記に「兼好と云いける能書の隠世者を呼び・・・」と、あるように高師直のラブレターの代筆者としても有名!!
兼好法師(嫡流でない)と同じく吉田(卜部)出身の吉田兼見は、吉田神社神職公卿であり、織田信長とも親交がありますが、
この2名は朝廷武家をとりもつ似たような立場にあったのか?どうでしょう??

さて、美術館の展示は・・・

絵巻屏風徒然草写本中心であります。
細川幽斎(藤考)写本幽斎本本阿弥光悦の物も展示されております。
基本的に文章展示が中心なので 達筆な字は判読不能なので、読めるとこだけ拾い読み(恥)して僅かながらでも徒然草の一端に触れて参りました。

 いまは崩し文字ナド今更ながらに勉強しようかとおもっている次第です。


長州(萩藩)藩邸
 前々回Blogの今井城海舟邸のところで触れましが、
東京ミッドタウンの前は防衛庁アメリカ軍宿舎軍の施設、その前は 長州藩(萩藩)の下屋敷でした。
その雰囲気を残すよう「東京ミッドタウンプロジェクトとして港区立 檜町公園(日本庭園部分)を含むかたちで構成されています。

藩邸跡から出てきた石組み溝石材擁壁石として使用され、敷地の樹木140本も移植されています。
藩邸絵図。

当時は藩邸の植生はヒノキが多いため檜御殿とも謂われ、藩主の滞在も多かったようです。
開発藩邸は掘り返されてしまいましたが、オフィスビルマンションが立ち並ぶ無機質な空間であるよりは、かつての毛利藩邸であった痕跡が残っているのでよしとしましょう。

また、毛利氏との関係で、の代表的な樹木である「夏みかん」「椿」が萩市より贈られ檜町公園に植樹されています。





サントリー美術館 H.P 徒然草 ~美術で楽しむ古典~
MIDTOWN meets GODZILLA
過去Blog:赤坂の今井城と勝海舟邸 2014/6/19

長州藩下屋敷 地図



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