茨城県鹿嶋市城山1-1
常陸の大椽氏の子孫で、鹿島神宮と関係の深い鹿島氏の居城です。前回のブログ塚原卜伝もその家臣です!
大手門は国道51号(舟津の堀)の「鹿島小学校 」信号のあたりですが、今回は、北端から城址へ入ったので写真の順は大手が後半になります。
線路脇の辺りに2段ほど郭跡のようで、登ると帯郭、そこから一段登ると三角形の郭があり、もう一段登ると犬走りor帯郭?
(外周を一周していたのだろうか?)に出て、更に登ると本丸と呼ばれる空間です。
登ると平地が広がり、その内部を堀や土塁で直線的に3区画に区切りられていたようで、これは御殿を建てても余裕の規模であります。
ココで「本丸と呼ばれる」と書いた理由は、鹿島城山公園が本丸、鹿島高校が二の丸とされてますが、主郭内が仕切られ1,2,3郭 又は 1,2郭+玄関スペース と区画されているならば、高校のところは3~4郭とゆうことになるような??
主郭虎口前には想像以上の深く広い堀があります。
主郭の北から西には水堀、その外には霞ヶ浦が今より近くせまり舟入を持ち、東側の卜伝像の辺りも外堀内であったようです。北は国道51号(鹿島バイパス)から南は国道51号(旧道)に及ぶ立派な城であったことは間違いないですね!
鹿島城 地図
JR 鹿島線「鹿島神宮」駅下車、南西400m
駐車場:あり。 本丸内にとめられるようですが要確認。神宮参堂200m程手前に無料Pあり(日中のみ)
トイレ :あり
近くには、北北西に塚原城。南東に館山城、その先に粟生城。
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