2010年11月14日日曜日

赤堤塁 又は 赤堤砦(あかつつみるい・あかつつみとりで:東京)

東京都世田谷区赤堤2
赤堤は知らないこともない地ですがの存在は大人になってから知りました
吉良氏の、世田谷城支城として築かれ、戦国期には後北条氏の傘下に入りましたから後北条氏の手によって改修も無きにしも在らずか? 江戸時代には旗本 服部氏領地となり、善性寺の周辺に陣屋が構えられました。
赤堤とゆう地名で よく言われているのは関東ローム層(富士山の火山灰)の赤土でできたがあったとゆう解釈が一般的(赤い堤土塁)です。
自分なりの考えられるのは、
1 善性寺六所神社に比べ微高地になっており地理的有利。
2 六所神社勧請天正12年跡に建てた可能性も拭えない。
3 どちらでもなく他所にあった(だとすれば、平地にを廻らした単郭館のようなものか?)

発掘以前に宅地化の波がきてしまったのでの場所はハッキリせず。 一般的にはお寺か? 神社か? となっていますが、自分は3の別物も有りかな? とも思います。
いずれにしても北沢川に沿ったどこかなのは間違いないでしょうが、今は北沢川もまっすぐな暗渠となり元の地形を想像することすらできません。

善性寺 地図 比定地1
小田急線豪徳寺」駅下車 北北西へ 200m 4分 善性寺まで
六所神社 地図 比定地2
世田谷線松原」駅下車 南南東へ 200m 4分 六所神社まで
世田谷城(豪徳寺)から善性寺(比定地1)まで直線距離600m、さらに善性寺から六所神社(比定地2)まで更に直線距離で400m。
駐車場:なし
トイレ  :なし(六所神社のトイレは祭礼以外は閉鎖のようです)

近くには、南南西に世田谷城。東南東に三宿城 。北西には烏山城あり。 これらは全て世田谷城の支城
*読みは「あかつつみ」「あかづつみ」のそれぞれの発音をする方がいらっしゃいますが、おそらく「あかつつみ」であろうと思われます。

0 件のコメント:

コメントを投稿