入園したところ
その後は各大名→紀州徳川家 芝屋敷→有栖川宮所有→宮内庁→昭和13年に公園化された。
州浜
池には江戸(東京)湾の海水を取り込んでいたので本物の浜
のようだったでしょうね。
海からの取水口跡
かつては水門が存在しましたが、今は海とは繋がっていないため淡水池になっています。
その後は各大名→紀州徳川家 芝屋敷→有栖川宮所有→宮内庁→昭和13年に公園化された。
州浜
池には江戸(東京)湾の海水を取り込んでいたので本物の浜
のようだったでしょうね。
海からの取水口跡
かつては水門が存在しましたが、今は海とは繋がっていないため淡水池になっています。
庭園石組が何ヶ所かあります
この庭園の石組の中では一番気に入りました!
東側からJR浜松町駅方面を望む
近くだけ見てると自然そのものですが、その先は新幹線も通り抜けます。
小田原から運ばれた茶室用石材
案内板によれば、後北条氏 家臣の屋敷から運んだそうです。
これを柱にした茶室なのかな? その状態にチョット興味ありです。
*芝離宮から外れます、読み流しで! 小田原城の御用米曲輪で発掘されたアノ他に類を見ない石造り庭園でと何か繋がりがあるのではとの妄想です。芝離宮には御用米曲輪と同じく根部川石を使った飛石も設置されています。
ココは延宝6年(1678)建設なので後北条氏から時代は多少ズレますが、徳川家康が後北条遺臣を召し抱えたように小田原の大久保家にも北条遺臣が多数入ったとおもわれます。 職人(この場合庭師)にも後北条流みたいな流れがあるのではないか?? と、現地で暫し想像してしまった次第です!!
東京都公園協会H・P 旧芝離宮恩賜庭園
過去Blog:
2016/1/4 浜離宮恩賜庭園 或は 浜御殿
2012/9/19 小田原城 御用米曲輪、第4次発掘調査発表会
2013/2/16 小田原城 御用米曲輪 本日は解放、見学自由でした
2013/11/23 11/23小田原城 御用米曲輪、後北条氏の庭園 調査説明会
2013/12/21 本日は、小田原城 御用米曲輪 説明会。後北条氏の庭園
2014/3/8 小田原城 御用米曲輪、第5次現地説明会
2014/11/8 小田原城 御用米曲輪 第6次現地説明会
2015/3/6 小田原城、第6次 御用米曲輪 最後の現地説明会
芝離宮恩賜公園 地図 (入園口)
JR 山手線、京浜東北線「浜松町」駅下車、東に徒歩1分
駐車場:なし(近隣のパーキング)
トイレ :あり
近くには、北東に浜離宮恩賜庭園。
この庭園の石組の中では一番気に入りました!
東側からJR浜松町駅方面を望む
近くだけ見てると自然そのものですが、その先は新幹線も通り抜けます。
小田原から運ばれた茶室用石材
案内板によれば、後北条氏 家臣の屋敷から運んだそうです。
これを柱にした茶室なのかな? その状態にチョット興味ありです。
石材アップ!
*芝離宮から外れます、読み流しで! 小田原城の御用米曲輪で発掘されたアノ他に類を見ない石造り庭園でと何か繋がりがあるのではとの妄想です。芝離宮には御用米曲輪と同じく根部川石を使った飛石も設置されています。
ココは延宝6年(1678)建設なので後北条氏から時代は多少ズレますが、徳川家康が後北条遺臣を召し抱えたように小田原の大久保家にも北条遺臣が多数入ったとおもわれます。 職人(この場合庭師)にも後北条流みたいな流れがあるのではないか?? と、現地で暫し想像してしまった次第です!!
東京都公園協会H・P 旧芝離宮恩賜庭園
過去Blog:
2016/1/4 浜離宮恩賜庭園 或は 浜御殿
2012/9/19 小田原城 御用米曲輪、第4次発掘調査発表会
2013/2/16 小田原城 御用米曲輪 本日は解放、見学自由でした
2013/11/23 11/23小田原城 御用米曲輪、後北条氏の庭園 調査説明会
2013/12/21 本日は、小田原城 御用米曲輪 説明会。後北条氏の庭園
2014/3/8 小田原城 御用米曲輪、第5次現地説明会
2014/11/8 小田原城 御用米曲輪 第6次現地説明会
2015/3/6 小田原城、第6次 御用米曲輪 最後の現地説明会
芝離宮恩賜公園 地図 (入園口)
JR 山手線、京浜東北線「浜松町」駅下車、東に徒歩1分
駐車場:なし(近隣のパーキング)
トイレ :あり
近くには、北東に浜離宮恩賜庭園。