2021年5月31日月曜日

高知城 1 追手門から本丸(こうちじょう1:高知)

高知県高知市丸ノ内1-2-1
高知城歴史博物館から高知城

高知城は北に江の口川、南は鏡川、東は幾つかの河川が合流し浦戸湾へと繋がる所にある。
土佐の主 長曾我部元親は浦戸城から大高坂山城へ移るべく工事していましたが半島出兵のためか移れずにいたようす。
関ヶ原の戦い後に山内一豊が造りあげました。

今回の高知城 1では追手→杉の段→三の丸→二の丸→本丸まで廻ります。
追手門

創建は慶長年間ですが寛文4年(1664)の再建
追手門内の観光案内所

観光案内所横にトイレとコインロッカー(\100返却式)あり。
板垣退助像と天守

コチラは夜の画像ですが・・・
元は乾退助でしたが甲斐の武田信玄の家臣 板垣信方の後裔であるので明治維新後に板垣の姓に復したと聞いています。
板垣退助像脇の階段を上がると杉の段へ!

左には城内最大の石樋が写っています。
杉の段へ上がったところ

「山内一豊の妻像」
一豊の妻とゆうよりは千代像の方が自分はしっくりきます。
杉の段から鉄門跡

門は失われているが良い門構え!
鉄門跡から廊下橋門櫓

右方は三の丸。
この階段を上り右に上がると二の丸。
直進して詰門を通り抜けると梅の段。
三の丸

ココには三の丸御殿が建ち並んでいました。
三の丸発掘調査で水路遺構と長宗我部時代の石垣が出土しています。
長宗我部時代の石垣展示(三の丸)

三の丸の敷地を拡張する為に埋められたと思われますが、長宗我部氏の大高坂山城時代の門跡とか出てこないかな~!?
水路遺構(三の丸)

発掘で発見されたのは蓋付きの排水溝で穴の先は下の写真で!
水路遺構の石垣側

三の丸石垣に突き出た石樋から排水されます。
詰門(廊下橋門櫓)

詰問は喰違い門となっており通り抜けると獅子の段(梅の段)へ!
1階は塩蔵。2階は二の丸→本丸へ向かう廊下門、家老が本丸の藩主のところへ向かう待合所から詰門の名付けらえたと云われる。
二の丸詰門跡から振り返る!

廊下橋門櫓の手前の石段を上がると二の丸にです。
二の丸

かつては二の丸御殿が建ち並んでいました。
廊下橋(二の丸から本丸への廊下橋)

廊下橋門櫓の2階部分は本丸へ渡る御廊下。
廊下門

この門から先は本丸になります。
廊下門の階段上から天守・御殿

行く前に思っていたより広く感じます。

高知城図

天守内の展示図
案内を基に描いてみました

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夜の天守と追手門

ライトアップ:日没~22:00(時刻は確認してください)


次のBlogは天守→鐘撞堂→梅の段→二の丸石垣→三の丸石垣→県庁前の内堀→搦手門と廻ります。
高知県立高知城歴史博物館

追手門前にあり展望ロビーから高知城が一望できます。



高知城 MAP 天守のところ
とさでん交通「高知城前」 北へ徒歩4分で追手門
JR土讃線「高知」駅下車、南西へ徒歩18分で追手門前
JR土讃線「入明」駅下車、南南西へ徒歩10分で北曲輪
駐車場:あり
トイレ:要所にあり
近くには、南南東に潮江城。西に井口城。西南西に朝倉城がある。

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